教育福島0032号(1978年(S53)07月)-021page
上げ、T・Nがそのコトバを発声したら与えるなどである。約五ヵ月通って四語を発するようになったが、通学を泣いて拒否しだしたため、通学を中止した。
(三) 失敗の原因
コトバの治療教室で行った指導の基本は、次のように推察できる。コミュニケーションの様式は音声系、構成原則は分子合成(後述)という信号系を採用し、音声(ことば)と音声がさし示す事物との連合を図ることである。
ところで、通学を中止しなければならない事態を招いた原因は何か。一つには、言語音の構成は、微細な運動の調整が要求され、日の経歴特性から察するに、T・Nに対する学習の要求水準が高すぎたことが考えられる。もう一つは、盲児であるT・Nにとって、いったん取り上げられるのとは、「無」を意味し、コトバとの対応をことさら困難にしていたことも指摘できそうである。
(四) 指導内容の検討
しゃべらないからしゃべらせるということが、この時点でのT・Nの生活をどれだけ支えることになるだろうか。T・Nは、自発的に外部からの情報を取り込んだり、外部環境に働きかけたりして、多様な活動を展開させうる状態にない。そこで、生命活動に繰り込まれる交信行動(コミニュケーション)を更に追求して行く必要上、まず信号系活動に関して、重要な局面について考察しておきたい。
1、信号の流れの別(受信・発信)
一般に、言語の果す機能として、1)意思伝達、2)行動調整、3)思考などが指摘されるが、梅津(注)は交信行動を次のように定義している。
「生体Aのある型の行動αが生体Bにおけるある型の行動βを起す信号となっていると考えられる時、AとBとは『交信関係にある』とし、この時のAの行動を『発信行動』、Bの行動を『受信行動』というし、また、Aの起すαの刺激特性を『信号』と呼ぶこととする。」
つまり、交信行動は、その個体の生体系の内外に関して、過不足ない状態にあるときは発動しない。換言すれば、意思とは、行動体制の発現・展開に関して妨げとなる事物・事象が存在する状況においてのみ発動するのである。
(注) 梅津八三(比較心理学)東京大学名誉教授。独創的な仮説により盲聾二重障害児の言語行動の形成に成功。
その理論は、ち密で、海外で高い評価を得ている。
2、流れの方向に関与する主要活動部分
(1) 受信行動に関する感性様相系の別
○視覚系 ○聴覚系 ○触覚系
○味覚系 ○嗅覚系
(2) 発信行動
〇運動系(発声運動系、四肢運動系などに分けられる。)
〇分泌系(汗、涙など)
3、信号源の別 その信号の発信源が生体内部か、生体外部かのいずれにあるかの別で、さらに生体の外部なら、生体、非生体の別も含む。
4、信号系発生の別(自成・構成)
乳幼児が泣くのは自成信号であり、コトバを話すのは構成信号である。従って、足音、におい、癖、汗、涙(俳優の演技上の涙等は該当しない)などは自成信号にあたる。構成信号は、自己の運動に関係する生体の身振りの型あるいは声を使うなどの活動および何かの材料を使って特殊な型を使ったものをさす。
5、構成原則の別(特に構成信号について)
ここで、構成信号系に関して種別ごとに少し説明しておく。
2・1象徴信号系(表2参照):信号部分とと事物・事象との間に、なんらかの類似がある。さらに二つに分けられる。
2・1・1表内象徴信号系
自分が発信して自分自身が受信する時だけ機能をする信号系である。
心像、表像、知覚像、夢などがこれにあたる。第三者には受信できない。
2・1・2表出象徴信号系
身振り信号として使われる多くの身振り、絵画、音楽など当事者以外の第三者に対しても発信できる信号系である。擬態語、擬声語、象形文字などもこれに該当する。
2・2型弁別信号系:2・1に対して、非象徴信号系ともいえる。信号とそれに対応する事物・事象との間に、類似性がほとんどない。信号を構成する際の特性をはっきり示すための命名である。
2・2・1形態質信号系
表1 個体及び経歴特性の概要
児童名 T.N 生年月日 1969.4生 性別 男 家族構成 父方祖父・母,父,母,兄 身体的傷害 先天性牛眼(緑内障),全盲(失明原因不明)〈3歳時まで暗室で懐中電灯をつけると,明かりを追った〉眼科,内科,小児科,耳鼻科,神経科の諸検査を受けたが,眼科以外異常なし(1975) 病歴 生後10日目,第1回眼科手術をはじめ2歳までに8回手術,(眼圧を下げるため)。この間,各手術後約1ヶ月は副木で両腕を固定。寝たきりの状態。 教育歴 2.5歳〜3.5歳:肢体不自由訓練会で歩行訓練(週2回)3.5歳〜4歳:コトバ治療教室,「マンマ」「イヤ」「プチャ」(水のこと)をときどき発するようになるが,激しく泣いて拒否するようになったため5ヶ月で中止した。(週1回)
表2 構成原則による構成信号系の分類(UMEZU,H.1974)