教育福島0032号(1978年(S53)07月)-022page
信号の内包する特性が対応する事物・事象の諸属性と全く関係がなく、使用者の弁別可能な範囲で信号として使われている構成物である。プリマック夫妻がチンパンジーのサラに行った、赤い四角形と青い三角形のプラスチック片に、それぞれバナナとリンゴとを対応させるのに成功した学習実験(別冊サイエンス、特集・動物の行動、1975,P116〜126、日本経済新聞社)や道路標識のなかの「優先道路」や「終わり」などの標識がこれにあたる。
2・2・2分子合成的信号系
信号構成の基本となる下位単位群(音素、ひらがな文字など)があって、そこから構成要素を取りだし、法則に従って配列し、配列した構成物が使用者にとって弁別可能で信号として成立している場合である。大部分の音声言語、書記文字、点字、指文字、回話がこれにあたる。
三、構成信号系の有効性
行動体制(生体にまとまりのある行動が起こる仕組み)の分化の進行度に関して、そのときどきの状態に応じて繰り込まれる信号は、構成原則の点から見ればはっきりした区別をすることができる。ここでは、その有効性に関して、構成原則と習得の難易の点から整理しておく。
表中の○△×は、この順に信号として成立して有効であることを表わしている。ただし、ここでの有効性には、次の二つの意味がある。
○ 成立しやすいから有効である。
表3の左上の1)がこれにあたる。
○ 習得に困難が伴うが、いったん成立すれば有効である。表3の右下の○がこれにあたる。
四、信号のなりたち
(一) 信号の培養態
T・Nがコトバの治療教室に五カ月間通って四語を発するようになったがあまり使われる状態ではなかった。ところで、梅津は「信号とは、最初から対応がついているわけではない。ある作用項が行動体制の分化に関与し、その分化が生体の生命活動のより高い調整状態をもたらしたとき、作用項なるものが初めて信号化される。」と述べている(日本教育心理学会第一九回総会、特別講演岸環 1977・10 香川大学)。
これを身振り信号の成立過程を例に説明してみよう。鉛筆、ボールペン、マジックインクなどをもつと、床、壁などあたりかまわずガチャガチャ書きつける重度精神薄弱の子供である。もちろん話せない。壁にかきつけると、それに気づいたおとなが筆記用具をとりあげる。ある日、同じようにとりあげると、素手でかきなぐるしぐさをつづける状況が認められた。以後、こうした度に観察された。しばらくして、サインペンを持ったおとなが近づくと、例のしぐさをして、サインペンをじっと見つめ、その直後手をのばして取ろうとした。そんなことがあって、筆記用具がほしいとき、右腕をガチャガチャ書きつけるしぐさをして要求する身振り信号として成立していった。別の子供では、水が飲みたいときの身振りとして、両手でコップをつかんで飲むしぐさが、信号として使われるに至った例もある。
これらの例から、信号は教えれば覚えるというものではないことがわかる。とりあげられたり、ほしいがすぐには手にはいらないとき発現する行動、とりわけ代償価の高い行動ほど信号として成立しやすい。身振り信号であれ、音声言語であれ、信号はその状況において特定な条件(自発、対応、分化、保持)が備わってはじめて成立する。つまり、しゃべられないのをしゃべられるようにすることが問題の解決にはならず、事物・事象(信号源特性)と行動体制と信号との間で、分化と対応とを互いに刺激する関係に注目する必要があるのである。従って、ある生体の機成信号系活動の貧弱さを理由に信号系だけをきり離して拡大しようとしても意味がなくなる。
(二) 信号の対応成立過程
ここで、排尿行動体制変換を例に、信号源特性、行動体制、信号との間の相互の対応成立の過程をさぐってみよう。
「オシッコ」がしたくなったとき、下腹部をたたくしぐさが、信号として成立しやすいのは、そのあたりがもぞもぞするからである。もぞもぞするあたりをたたくことが象徴性をおびている。つまり「オシッコ」をする時の行動と信号とが、ある点でどこかがなんらかの形で、他の部分よりも類似しているから、象徴信号になるというわけである。
一方、前回の排尿からある時間経過があると、その間に生体内部の状態変化も進行して、特定状態変化(膀胱の内圧、括約筋の緊張等)が知覚されると、これに呼応して「オシッコが、シタイ。」旨を自己及び傍らの生体に発信することになる。これは当事者にとって「今ハ オシッコヲ シテハイケナイ。」という指令でなければならない。
「オシッコガシタイ。」という信号には更に、特定状況(便所に接近して便器に腰かける)において、はじめて排尿する活動の展開までを含むことになる。
図1、2、3は、身振り信号による排尿行動形成の経過を示したものであ
表3 事像系内の分化度と構成信号系の有効性の関係
構成原理 事像系内の分化度
低い状態→高い状態像徴的 ○→× 型弁別的 形態質的 △→△ 分子合成的 ×→○ ※事象系には行動体制を含む