教育福島0033号(1978年(S53)08月)-027page

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ずいそう

ともに汗を流して

 

佐藤一彦

 

佐藤一彦

 

右も左もわからないまま、「先生」と呼ばれて三か月が過ぎようとしている。教室の中で単に机の向きを変えただけなのに、「先生になる」ことが大変なことに、ただぼう然としているこのごろです。やりたい事、やらねばならぬ事が山ほどあるのに、ほんのちょっとした事しかできないで、職場の先生がたに甘えてばかりいます。私の目の前には、いろいろな生徒がいる。授業中、わかりきって退屈している生徒、目をランランと輝かせ、くいついてくる生徒、受動的に必死にのみこもうとしている生徒、もうすでにあきらめ遊びまわっている生徒、一生に一度しかないかけがいのない時間が「先生」と呼ばれる私にまかされている。

教壇に立って一か月が過ぎ、生徒に感想を書いてもらった。『ぼくたちがわからなくなったときは、優しくわかりやすく親切に教えて下さい』、『教え方がヘタだ。もっともっと、くわしく教えてほしい』『授業は、じっくりみんながよくわかるように進めてほしい』、『勉強は、わかりやすくおもしろい、でもなにかが足りないと思う』、『わからなくなってしまったら、すぐにあきてしまうんです。ですから先生は、そんなぼくをほっとかないで下さい。おねがいします』。

それぞれ文の一部を抜き書きしたものであるが、だれの感想を読んでも″わかりたい″という願いが切実に書きつづられている。この生徒たちの素朴で正当な願いを、どうにかしてかなえてやることが、私に与えられた仕事と考えている。教室全体に知的な緊張感が張りつめ、生徒が自由に動きまわりえもいわれぬ感動が沸き上るような授業をしてみたい。

 

愉快な語らいのひととき

 

愉快な語らいのひととき

 

考えてみれば、新卒である私にそんな授業は、できなくてあたりまえであろう。しかし新卒であるがゆえに、生徒が抱く期待は、ときどき私をとまどわせるものがある。なにをしていてもそこに鋭い生徒の目があるのだ。歩いていても、ネクタイやハンカチを変えても、髪を刈っても、『先生、足が短いネ』、『先生だれからのプレゼントですか?』、『坊ちゃん刈り、刈り上げ!』とまつわりついてくる。こんなうれしい事もあった。郡中体連の野球での二位決定戦のこと。鮫中の試合後、残って審判をしなければならなかったので、生徒を先に帰した。審判が終わり、生徒は、帰宅しただろうと思いながら、また、監督の力不足で負けたという自責の念で、空ばくとした気持ちで学校に戻った。ところが一、二年生の部員が残っていてくれたのだ。『セッ先生、おれが主将になりました』。みんなに支えられるように一人の生徒が歩み出て、たどたどしく言うのだ。こんな一言をいうために、帰りを二時間余りも待ってくれたことに私は胸が熱くなるのを覚えた。生徒にいう言葉を懸命に探しながら、この生徒にできる限りの事をしてやらねばと思った。

部活動では、部員とともに汗を流し、練習が終った後の快い疲労感に浸りながら、部員ととりとめのない会話を交わし、帰りの坂道を、たどることが日課となっている。

大学の教官が、よく我々に、『教員になったら最初の五年間をいかに過ごすかで、その後の教員生活が決まる』と教えて下さった。これからの教員生活の中で、生徒とのふれあい、ぶつかりあいをたいせつにし、″生徒を師″とし、また、先輩の先生がたのすばらしい所をどんどん盗み、自己を高めていきたいと思う。私を苦しめ、悩ませる者は、生徒である。そして私に楽しみ、喜びを与えてくれる者も、ほかならぬ生徒である。人間努力しているかぎり迷うものだということを肝に銘じ、この道を歩み続けたい。

 

(鮫川村立鮫川中学校教諭)

 

 

 


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