教育福島0038号(1979年(S54)01月)-023page

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図書館コーナー

ある文庫からの報告

 

最近、「文庫」活動が盛んである。この文庫とは、個人やグループが、読書を通じて子供たちの全人格的発達を助ける等の意図をもって自主的に設置した「ミニ図書館」である。

この文庫は全国に約三千といわれるが、本県でも約五十が確認されている。

福島市蓬莱町で、「文庫」活動を推進してきた「蓬莱第二文庫」代表・島貫ノブさんからの報告を紹介しょう。

 

蓬莱団地には現在、子供文庫が三つありますが、どの文庫も利用する子供たちがあふれて、本箱はいつもからっぽです。この蓬莱の子供文庫は、ここに住む大勢の母親たちの奉仕活動に支えられています。テレビやマンガばかり見ている子に、絵本や本の楽しさを伝えたいという願いを持った母親たちは、本の貸し出し事務のほかに、時には手づくりの人形劇や紙芝居をみせたりして子供が本と親しむための努力を続けてきました。それと同時に、母親たち自身が子どもの本の楽しさを知ろうと、定期的に学習会をもってきました。本に興味がなくとも友達と文庫に来ているうちに自然に本を手にする子供もいます。蓬莱の文庫が他と比べてより利用者が多いのは、本好きの子が多いというだけではなく、文庫を支える母親たちの熱心な奉仕によるものと思っています。

 

蓬莱子供文庫のあゆみ

団地にはまだなんの施設設備もなく、広い空の下に道路と家と空地ばかりが目だった昭和四十九年九月のある日、Nさんの家の六畳間に近所の子供たちのための小さな図書館(文庫)ができました。手持ちの二百冊と県立図書館から団体貸し出しを受けた百冊の本、計三百冊のところに、借りに来る子供たちが毎週毎週ふえて、近所どころか団地のかなり遠くからも出かけてきて、二か月後にはついに五十人を越えてしまいました。そのころ、県立図書館から講師を招いて、他県の図書館や文庫活動について学習会を開きました。それがきっかけとなって、文庫を一人にまかせておいてはいけないと、母親たちが「協力して文庫を育える会」(りんどう会)をつくり、私の家の六畳間にも二つめの文庫ができたわけです。そしてここでもまた毎週、文庫を開くたびに本を借りに来る子供の数が増えていきました。子供の数が増えると同時に、文庫を支える母親たちもガり版ずりの会報「りんどう」を発行し、「子供の本」の学習会は、絵本から童話、民話、児童文学へと毎月少しずつ幅が広がってきました。そしていつのまにか、りんどう会員である母親の大半が子供の本のおもしろさ、楽しさに引きこまれ、このような本をよむ楽しさを子供にも伝えたいという願いは強まるばかりでした。そして改めて文庫の重要性を確認しあいました。昨年の一月にはついに三つめの文庫が誕生しました。

県立図書館から団体貸し出しを受けた本百冊と、りんどう会の会費で購入した本三十冊と会員が持ちよった本をダンボールに入れて、広い集会所の中にささやかにオープンしたのです。五月には我が家の第二文庫が同じ町会のIさん宅に引っ越して広がりました。また九月には市が貸してくれた廃車バスを、南公園の端に置かせてもらい、第一文庫が引っ越して大きくなりました。

 

文庫の展望

三つの文庫にくる子供たちは日ごとに増えるばかりで、バス文庫には確実に二百人以上の子供が押し寄せ、第二文庫では百人以上、第三文庫でさえ百人にせまろうとしています。県立図書館からの団体貸し出しを大幅に増加していただきましたが、三か月に一度巡回の「あづま号」が待ちきれなくています。りんどう会のささやかな会費と年に一度のバザーの益金で買う本も子供たちの読書欲の前には焼け石に水のようなものです。このごろの子供たちは本を読まないなどといわれていますが、この子供たちをみているかぎりでは、本が好きで、どんどん読むのです。よい本があって、場所があって、そこにアドバイスをする人がいれば必ず本好きになるようです。

文庫が盛んになるということは、喜ぶべきなのでしょうか。

いいえ、あまりすなおに喜んではいられません。やはり私たちは行政の谷間をうめる仕事をしていると思えてなりません。今、日本中に三千もあるという文庫運動は、俗悪なテレビや、マンガから子供たちを守るための、母親としての自衛手段にほかならないのではないでしょうか。そして、私たちのこの文庫活動は、欧米諸国のように「ポストの数ほどの図書館」ができるまではやめられないようです。なぜなら図書館は小さな子供たちからお年寄りまでの、すべての人の身近にあることがいちばんの条件なのですから。

 

 

 


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