教育福島0042号(1979年(S54)07月)-029page
教育事務所
日誌
−−南会津−−
明治の薫りを漂わす「奥会津民俗資料館」
開発すすむ南会津に明治の面影を残す数少ないものの一つになった。
旧郡役所として明治十八年に建てられた洋風一部二階建内庭式の木造建築物である。建築関係費は当時の金で約七千七百円ほど、官民一体となっての建築過程での苦労は、今でもいろいろと語り継がれている。
奥会津地方歴史民俗資料館前景(現合同庁舎3階より)
昭和四十五年、県合同庁舎改築に際し地方民の建物への郷愁と愛着とは、その保存への願いとなった。当時、この建物の文化財的価値についての認識は、一部の人を除いてほとんどなかったようである。しかし、地元民のこの建物への愛情とやがて行われた価値調査による建物の見直しは、保存へ向けて大きく動き出した。行政面での対処も順調に進んだ。ただ、移転作業では、山はだの切り崩しや予想外の軟弱地盤で難工事を余儀なくされた。
移転修復の段階では、移転後の価値利用についての検討も進められた。「牛どん屋を開いては」などという話題が真剣に語られたという裏話も残っている。
保存への願いに情熱を傾けた一人に田島町在住の佐藤耕四郎氏がいる。氏は前々から南会津地方に伝え用いられてきた生活、生産用具の収集家として知られていた。氏の所蔵物の展示が話し合われ、順調に進み、具体的検討が加えられた。古い土蔵の中や家の片すみに見捨てられていたかつての主役にスポットをあてる作業が始まった。
展示室の一部
展示の苦労話もたくさんある。重文としての建築物へ、傷一つつけずに展示するための方法について夜を徹しての検討が十日余も続けられたという。穴あきパネルを室内に組んでの展示法の考案もこの時にでたという。
洋風一部二階建内庭式木造建築、収蔵展示物、八千余点、うち木地類など五百余点は県指定の文化財、とくに、農山村における生活、生産用具の文化財的価値は高く評価されている。今、国の指定を受けるため二千から二千五百点にのぼる展示用具の実測図の描画作業が三名の女子職員の手でこつこつとすすめられている。この保存活動の果たす歴史的役割は計り知れない。
ここを訪れる小中学生が、創意とくふうに満ちたかつての生活文化に触れるなかで培われる歴史、民俗的感覚は、やがて現実を正しく理解し、発展への志向につながるであろう。また、先史時代から綿々として続いてきたこの奥会津での人々の生活の正しい認識にもつながるであろう。
今日また子供が学び、大人が営むなかに、これらの伝統文化は脈々として生き続けている。そして、それらの認識への助言者として、この歴史民俗資料館は小高い山すそに今日も静かに建っている。
実測図の描画作業