教育福島0043号(1979年(S54)08月)-005page

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巻頭言

 

「師」

 

「師」

いわき市教育委員会教育長 松本久

 

それは入学して最初の国語の時間であった。老教師は、いちおう自己紹介の後、いきなり八つ切りの西洋紙を渡し「これからテストをする。」と。一同ドッキリ。出題は小学二年生の漢字の書き取り、大、中、小等十字であった。

テスト用紙が集められ、一同注目の中で採点作業が進められた。四十名全員みごとに零点であった。どこにもすぐカッカッと頭にくる仲間がいるもので直ちに抗議に及んだ。「先生、この字のどこが間違っているのですか。」と語気荒くつめよった次第。そのとき先生はおもむろに上着の内ポケットから、大道易者が持っている大天眼鏡と取り出し、「この字はここが離れている。この字はここがはねていない。この縦棒は横棒の真中を通っていないな。」等々零点をつけた理由を具体的に微に入り細にわたり解説された。例の興奮居士たちは一言もなく青ざめて着席。

先生は静かに「諸君は小学校の教師になるため学校で学ぶのだから、教師たる者が教え子の前で、今書いたようなでたらめな字を書いたのでは、なんでも先生のやることを手本にする子供たちはどうなるか。文字は、正しく美しく、堂々と書かなければならない。小学校で使っている教科書を渡すから漢字やかなをじっくりながめなさい。」と全員に小学二年の国語の教科書が渡された。十年ぶりに木版ずりの小学校の教科書を手にしてよくよく漢字をながめた。その瞬間、しばらく無我の境をさまよい、あたかも真空地帯に入り込んだような感覚に襲われ、教師になるための魂が改造されたようであった。

今でも不思議でならない。あのときあの先生に教えを受けなかったらと思うとはずかしさがわき上がってくる。

一生忘れられない「師」との出会いであった。授業は続いて標準語と方言アクセント等について、思いやりのあるユーモアにあふれる講話に移り、「江戸っ子は「ヒ」を「シ」と発音する。茨城県の北部、福島県の南部海岸地方(私の故郷)の人たちは「イ」と「エ」の発音が混同する。またこの地方の人は、字を書くときは「ほとんど」と書くが、話をするときは「ほどんと」と発音する。本人はなんとも思わないのかも知れないが聴く方は耳ざわりなものである。注意した方がよい。」等々、全国にまたがっての学の深さにただあきれるばかりであった。

私たちにとってこのはじめての五十分の授業は、何千何万時間に匹敵する貴重なものであった。入学したとたんにこの先生の教えを受けたことを感謝し誇りに思っている。毎年四月始めに新任教員の研修会があり、話をする機会がある。若く元気な先生たちを見る度に、四十年前の「天眼鏡の授業の一幕」を思い出し苦笑する。よい指導者になってほしいと念願してやまない。スポーツに各教科の学習指導に基礎、基本を自信をもって指導できる先生に学ぶことがいかに幸せであるかを思うとき、「師」ほどありがたいものはない。

 

 

 


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