教育福島0044号(1979年(S54)09月)-026page

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翼は心につけて

 

星佐益

 

指示の声で、ふと我にかえったように、生徒たちはのろのろと立ちあがった。

 

体育館に明りがともったとき、館内はしんとして、話し声もなかった。ふだんの生徒たちからは想像もできない一種異様な静かさであった。係の先生の後仕末の指示の声で、ふと我にかえったように、生徒たちはのろのろと立ちあがった。

いのちってすてきね

みじかいあいだだったけど

あたしはたくさん生きたわ

あたしはとうとう翔んだわ

父さん 母さん

いのちをありがとう

「翼は心につけて」の主人公、鈴木亜里さんの明るく、力強く、精一杯生き、いのちを燃やしつくしたひたむきな姿が、深い感動を呼んだのだ。

「先生、泣いた?」「先生、よがったな。」「亜ちゃんてすばらしいな。」目を真っ赤にした生徒が、わたしをとり囲んで口々に話しかける。

ふだん、テレビ以外に、文化的なものに接する機会の少ない生徒たちに、少しでも良いものをと計画され、劇団「プーポ」公演(六月)に続いて実施された映画教室(七月)後の一場面である。

それから数日たったある日、出勤してくると、三年生が特別教室の机一赤ちゃけた色になり、傷や落書もある)を、サンドペーパーで熱心にみがいている。男も女も力を合わせて、黙々と作業を続けている。「どうしたの。」と声をかけると、「あんまりよごれてっから。」という。それから数日間、朝と放課後作業を続け見違えるほどきれいになった。このあと、ニスを塗って仕上げるんだと張りきっている。

校歌に、「博士山はるかに仰ぎ」「野尻川せせらぐ辺り」と歌われているように、山青く水清しの言葉がぴったりの山ふところに抱かれて育った生徒は、素直で、人なつこく、明るい。しかし、他地域との交流の少ない山村僻地という特殊性からか、正しく自己主張をしたり、行動化したりすることがにがてで、感情を表現することも不得意である。そんなこともあって「豊かな人間形成と道徳的実践力を育てる指導」をテーマに、生徒の主体的な実践意欲を育てようと、全職員力を合わせて研究に取り組んできた。

積極的に行動に移せない生徒が、自分たちの手で学校をきれいにしょうと立ちあがったのだ。映画に影響されてと単純に結びつけることはできない。しかし、あの少女のひたむきな生き方から、一日一日をたいせつにし、目的をもって一生懸命生きることのたいせっさ、すばらしさを感じとってくれたのだと内心大いにうれしかった。

現代の若者たちについて、よくいわれる三無主義とか、シラケ時代とかいう言葉で象徴される風潮は、この山奥の生徒にも例外なく顕著にみられる。だが、この生徒たちは「真実なるもの」「ほんもの」に接すれば、純粋に感動もするし涙も流す。チャンスと努力があれば可能性を無限に伸ばすこともできる。「シラケ」きっているのではなく、「ほんもの」に接する機会が少ないためではなかろうか。

そんな可能性を秘めた生徒に対して、感動を与え、心をゆさぶるような質の高い授業をめざしているだろうか。「わかった」という喜びや、「やりとげた」という満足感を与えているのだろうか。赴任して四か月、すべてが新鮮に見えるはずなのに、有性に流され、初心を忘れ、生徒の心をゆり動かせないのではなかろうか。

心に翼をつけて大きくはばたけるように、生徒との触れあいを深め、日々の実践に全力を注ぎたいと覚悟を新たにしているこのごろである。 

(昭和村立昭和中学校教諭)

 

黙々と真剣にとりくむ(奉仕活動)

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