教育福島0045号(1979年(S54)10月)-029page

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ずいそう

 

不安と緊張の中で

佐藤厚子

 

布を受け取りばしたが、あいかわらず顔つきは、こわばったままであった、

 

○月△日、休み時間、廊下にブルーの財布が落ちていた。ちょうど通りかかったKが、「あっ、それ俺のだ。」と言った。普通だったら拾ってすぐ「気をつけなさい。」と言って手渡すところなのだが、ふだん私をからかったりしていたものだから、つい「うそでしょう。」と冗談半分に言ったら、ニヤニヤして「ほんとだよ。」と言う。こんなやり取りをしているうちKの顔色が急に変わった。しまったと思った時はもう遅かった。Kはプイと教室に入ってしまったのだ。どうしょう、取り返しのつかぬことをしてしまったと思いながら、とにかくすぐに財布を持って教室のKの所に謝りに行った。がしかし、Kは財布を受け取りばしたが、あいかわらず顔つきは、こわばったままであった、

四、五日間、なんともいえぬ日を過ごした。幸か不幸か、Kとは清掃区域が同じなため、毎日顔を合わさなければならなかった。その時まで普通の生徒の一人だったKが急に私にとって他の生徒の何倍もの大きな存在となっていた。とにかく、変に遠慮などせず、他の生徒と同じように指導したが、Kは依然として無口で、また実によく清掃をしている。その熱心な態度がその時は私への反抗のように受けとられた。(後で知ったことであるが、Kはふだん騒いだり、ちょっとはみだした行為をすることはあるが、清掃など自分に与えられたことは、きちんとやる性格であったらしい。一Kの様子が気になり、ある日、担任の先生に相談したが、ふだんと変わりがないとのことで少しは安心したが、やはり心配であった。

そのうち、いっからか、Kとは気まずいふんい気もとれ、前にもまして親しくなった。大げさかもしれないが、なんだか一つのことを乗り越えた感じであった。今、Kはあのときのことをどう思っているのだろうか……。

人は、自分では気づかずに他人を傷つけていることがよくあるのに、あの時の私は、調子に乗り過ぎて、軽率としかいいようがない。先入観で物事を判断してはいけないことはじゅうぶんわかっていたつもりなのだが、あらためてその重大さを痛感したとともに、今考えると、あのとき、Kがなぜあのような態度をとったのかその気持をきくべきであった。おそれず正面から生徒とぶつかっていかなければならないということを知らされた出来事であった。

またこのことは授業についてもいえる。数学を担当してきた私が、自分の授業についてあらためて考えさせられたのは、町の研修会でのことであった。その中で「りっぱな先生は難しいことをやさしく教えるが、そうでない先生はやさしいことでも難しく教えてしまう。」というお話があった。まさに今の私は後者にあたる。どんなにやさしいことでも、いろいろ意味づけし、自分としては理路整然とやっているつもりが、生徒にとっては、むしろわからないものにしているような場合がある。つまり、それは力の入れるべき所、さらりと流すべき所がなく、いつも力の入れ通しの一本調子であること(これは教材研究不足から生じてくると思うのだが)と、なによりも生徒の気持ちやどのように物事を考えていくのか、それらに対する認識不足であったと思う。

あのできごとから四か月が過ぎた今、私は不安と緊張の中にいる。というのは、二学期から学級担任になったからである。はじめての経験であり、また学年の途中からということで、ずしりと重みを感じている。とにかく、生徒と正面からぶつかっていくこと、そして反省を生かすこと、この二点を課題としてやっていきたいと思う。

(船引町立船引中学校教諭)

 

この子らを信じて

この子らを信じて

 

 

 


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