教育福島0047号(1979年(S54)12月)-008page

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高校に入れないから訓練校に入る見方がされているようである。将来の目的をもった勉強をさせることがたいせつである。

五十四年度から文部省が勤労体験指定校を設置し、県内では、矢吹高校が指定を受け実践しているが、たいへんよいことである。教室で沈みがちな生徒も外に出るとよさがみられる。子供のもって生まれた才能を掘りおこし、生かしていく教育がたいせつである。

 

現職教育の必要性

 

鈴木

鈴木

高校の学習指導要領の改訂により、高校にもゆとりある教育にするための問題点を述べてみる。

1) 制度上の問題六・三・三制については実施された当初と現在では社会情勢が変化している。

幼稚園が義務化に近づいている状態や高校全入に近い状態、高校三年間の内容をみたときに現在の六・三・三制で果たしてよいのか。教育制度を検討する時期にきていると思う。

私学を含め、専修学校など、県の文書学事課の所管になっているが、後期中等教育の一本化を図るには、私立学校や専修学校も県教育委員会に移管して一本化を図るべきである。

2) 生徒の要求が多様化しているのに現在のような画一的な普通の教育を重視した教育でよいのか疑問である。そのためには、特色ある高校づくりが必要である。

新指導要領でも親しみやすい実業教育を用意しているようだが、それらを各高校で弾力的に運用して、教育課程を作れば特色ある教育ができるのではないか。アメリカでは、この高校は進学校だから何点以上とはっきりさせて入学させたり、留年させたり、きびしくやっている。以上のことを考えると、普通科だけを志向するのではなく特色ある学校づくりが必要である。

例えば、浜、県北など大きなブロックに、そのような学校をつくっておちこぼれを防ぐようにすることが必要ではないか。現在は特色ある学校を作るよいチャンスである。

3) 教師の現職教育の充実

高校進学率が全入に近いが、その生徒をリードする教師が伝統的な教育観にしばられて、社会の変遷に対応できないことがある。生徒の価値観と合わないこともある。一方、父兄も高学歴者も多く、その人たちははっきりした教育観を持っているので厳しく見つめている。それに対応するには、自覚を持って新しい教師像を研修をとおして身につける必要がある。そうしないと教師自身がとりのこされてしまう。研修によって地域、父兄、生徒から畏敬される教師がでるのではないか。

4) 高校生の積極的な社会参加を提起したい。

現在の教育のひずみは、それぞれの世代の価値観のずれに問題がある。大人、教師の価値観をおしつけるのでは溝はうまらない。そこに社会参加の意味が出てくるので社会生活に参加させたい。高校生の実態として社会に役立ちたいという気持ちも持っているので、大人が手をさしのべて社会生活に参加させる手だてが必要でないか。学校現場に社会教育担当者をおいて加入を促進するなどの提言もあるが、それらをふまえて教育委員会もそこに目を向ける必要があるのではないか。

 

根本

根本

進学率向上の反面、中途退学者が多くなっている。中途退学者が一年生に多い。この原因は中学校における進学指導にあるのではないか。高校の教師の指導のあり方も、画一的でなく、生徒の実態に応じて指導してほしい。入学した生徒は、最後まで卒業できるよう指導してほしい。

また、高校には、体育館は各校一つはあるが、二つほしい。

秋田県では二つの体育館をもっている学校が多くなっているそうである。

 

ゆとりある教育

 

社会に役立つ人間の育成

 

吉原

生徒たちが、どれだけ勉強すればよいのか。有名校を目ざし、中学浪人がでている現状である。そしてまず一流高校への入学を目的とし、さらに一流大学へ入学することが目的であることを親も教師も考えているこのような現状でいったいどんな生徒が育つのか。冷たい人間になってしまうのではないか。

そこで、学校較差の是正をお願いするとともに、もっと人間らしい人間を養うため、生徒の積極的な社会参加とゆとりある高校教育を推進してほしい。

 

茂野

いわき地方の中学浪人が全国一であるという話を聞き驚いている。遠距離通学者が下宿をしている実態から経済的負担を考えて、小学区制が望ましいのではないか。

 

 

 


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