教育福島0047号(1979年(S54)12月)-032page

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のりものごっこをとおして

 

遠藤順子

 

作って」振り返ってみると一枚の写真を持って園児がそばに立っていました。

 

「先生、この写真みたいに作って」振り返ってみると一枚の写真を持って園児がそばに立っていました。

のりものごっこの遊びをしょうと計画し、今はあき箱のダンボールを利用してくるまを作るのに、絵の具を塗ったり、切り紙模様をつけたりしていた時のことです。みると写真はトラックで、運転台の上にはたくさんのきんきらきんに光っている電気をつけていました。「どうしたらいいかな?」と逆に聞いてみると、「星をたくさんつければいいよ」というではありませんか。すばらしい発想です。子供にとっては電気はお星様のように輝いてみえたのです。「そうだね、じゃいっしょに作ろうか」と言って、いっしょにくふうしながら作りあげていきました。星をとめるために箱の上に針金でアーチを作り、その上から金や銀のテープで巻いて、たくさんのお星様をかざりつけていくと、その子供は得意そうな顔をしていました。それをみていた他の子供たちも「ぼくにも、ぼくにも」と言って、すぐに四〜五台のくるまにもきんきらきんの星がたくさんついて「ぼくのは一番星だ」「二番星だ」と言って嬉しそうに乗り回していました。自分で作ったという意識と愛着があるのでしょう。それからは毎日いろいろなのりものが園庭を狭しと走り回っていました。

私のクラス(年長児)には理解力が少し低いと思われるM君がいます。M君は描く絵も満足な形になることはありません。時々奇声を発し、遊ぶ友達も少なく、ただ追いかけっこをしたり粘土でヘビをつくっているようなことの多い子供です。でもこのM君は朝登園してくると必ず私のところに来ては「先生、おはようございます」と言ってから、かばんを置いて遊ぶのです。

このM君が友達の作ったくるまをみてうらやましそうにしているのが目につきました。しばらくした後、「またくるま作ってみようか」と言ったら、「うん」と大きくうなずきました。そして大いに張り切って、くるまづくりに意欲的に取りくんできたのでした。今までこのような姿は見たことがありませんでした。M君はやってもできないんだからとか、やりたくないんだからというような先入観が今まで私の内にあったのです。一生懸命に絵の具を塗り、そしてはさみでお星様を切りぬいている姿は、私の子供を見る目が間違っていたことを示し、また、どの子供にも公平な目で、その子供の高さのところで見なくてはいけないことを教えてくれたのです。M君は少しばかりみんなに比べて理解力が遅いかもしれない。でも遅い子供は遅い子供なりに興味や関心が芽ばえて、やる気を出してくるのだから、その時まで温かく見守ってあげなくてはいけないことを教えてくれたのです。

このM君は、こののりものごっこをとおしてそれからも少しずつ成長がみられるようになりました。

二学期も過ぎ、町民体育大会、いも掘り、いなごとり、お店やさんごっこ、バザーというような大きな行事を子供たちとともに夢中で過ごしていく内に子供たちも仲間意識を持つようになりました。私もやっと一人一人をこまかく見つめ、その子がなにを必要としているかに気づき、大事に見守ってあげなければいけないことを、こののりものごっこをとおして教えられました。幼稚園生活をとおしてこの子らの成長のためになんらかの手助けをして、よりよい方向にむけていき、私も子供たちから少しずつ学び教えられ、小さな自分をいくらかでも大きくしていきたいと願っている今日このごろです。

(広野町立広野幼稚園教諭)

 

夢を乗せて走るくるま

夢を乗せて走るくるま

 

 

 


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