教育福島0052号(1980年(S55)07月)-020page
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随想
逃いの中で
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岩崎 香南子
「T君、おはよう。さあ、おくつを脱いでね」
「M君、おはよう。さあ、おくつを脱ぐよ」
昇降日でのお出迎えから、私の一日が始まります。
現勤務校に赴任して、はや一年余り、驚きと迷いの中で一年が過ぎ去ってしまいました。プレハブの職員室、借りた教室、そして子供たち。何もかも初めて目にするものばかりでした。理科の免許しか持っていない私が、いったい何をやれるんだろう。右も左もわからない世界。担任になったらどうしよう。中学部の副担任と発表になった時は、ホッと胸をなでおろしたというのが正直な気持ちでした。
子供たちにどう接したらいいか。しかり方は、ほめ方は、失禁の時は、と迷うことばかりでしたが、とにかく見様見まねで覚えていくしかありませんでした。初めて、大便失禁の処理をした時は、胸にこみあげてくるものをこらえるのに涙が出てきました。全く授業にならない授業、からかわれているのではないかと思うこともありました。そんな中でも、何度、この子供たちの笑顔に救われたでしょう。
クラスからクラスヘ、授業ごとに渡り歩き、子供たちに慣れてもらい、一人一人の個性に応じた接し方に気づいた時は、既に三学期になっていました。
そんな副担任としての一年を過ごして、「今年は、ぜひ担任になろう。じっくりと腰を据えて子供たちと過ごしたい」と思う思いは、ますます募ってきました。
そして、四月。念願かなって、自分のクラスを持つことができました。TK君、TW君、TT君、MW君、そして転校生のKS君を加えて男の子ばかり五人のクラスです。さあ、今年こそは、とばかりに新学期を迎えました。
失禁の処理に追われ、飛び出しに気を配り、あわただしく給食を食べる。そんな毎日が始まりました。そのようすを生活記録から拾ってみました。
「給食時、皿を出したとたんに手づかみで卵を食べた。しかると手をひっ込めたが、また、すぐ手を出し、スプーンを全然使おうとしない。スプーンですくって食べさせようとしたが、顔をそらして食べようとせず、すきをみては、手づかみで食べようとしていた」(M君)
「朝から落ち着かず、髪の毛を引っぱる行動がみられた。給食時、配膳をされる前から、とり肉を手づかみで食べようとした。途中で、お弁当をひっくり返して、御飯を手づかみで食べ始めた」(T君)
こんな状態でのスタート。一日はアッという間。子供たちを帰して、清掃そして洗たく。だんだん気が滅入ってきます。「いったい、私に何ができるんだろう」と。
しかし、そんな中にも少しずつ変化がみられるようになってきました。T君が声を出して笑うようになった。T君とM君が手をつないで歩くことができた。T君とM君がでんぐりがえしに興味を示した。K君が片づけを手伝ってくれた。こんなささいなことが私の支えになっています。「私にも何かできるかもしれない」と思ってしまいます。
しかし、私のちっぼけな自信もすぐにグラグラとくずれてしまいます。T君にけがをさせてしまいました。すまない気持ちでいっぱいです。次の日、元気に登校してきた時のうれしさは忘れられません。
毎日が一喜一憂のくり返し。迷いの中で、明日こそは!と決意を新たにするのです。
(福島県立石川養護学校教諭)
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ちょっとひと休み
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