教育福島0061号(1981年(S56)06月)-017page

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りまく環境である。この学説は正しいと思う。

しかし、私たち教師は、日々成長しつつある生徒に対している。問題のある生徒に対し、

“社会が こうだから”

“家庭がこうだから”

“性格が 曲っているから”

−そして“仕方がない”とは言っていられない。

私たちは、生徒に影響をおよぼすさまざまな社会悪を排除することを考えながらも、生徒をこの現実から完全に逃避させ、いわゆる“もやしっ子”を育てるのでなく、これらに打ち勝つ心を育てることをも使命としている。

そのために、いま私たちは、何をなすべきか。どう生徒に接するか、が重要になってくる。

 

生徒理解を心がける教師の姿に

 

・先入観を持たないで生徒に接する教師−光背効果の排除

・生徒の立場に立って考える教師

・同じ生徒は二人とはいない、ということが理解できる教師

・生徒の情緒面も考える教師

・現象(行動)と内面(原因や動機)とその関連を考える教師

・信頼感をもって生徒に接する教師

・生徒が集団の中で、どんな位置にあるか(その原因も含めて)を知ることのできる教師

・個々の生徒をできるだけ、総合的多面的に把握することのできる教師

・自分自身の教師としての生き方を見つめ直すことのできる教師がある。これらのことを考えつつ今後私たちは、

・生徒の心の中に入れる教師の心、態度・観察眼の養成を図り、

・生徒の心の扉をたたく相談活動をより積極的に推進し、

・後ろ姿で生徒を教えることのできる教師が、より重視されるようになるのではないだろうか。

いいかえるなら、方法論として、生徒理解の活動をするのではなくぶっつけ、ともに悩み、考え、解決の方策を見つけていくという、教師の指導態勢の確立こそ急務であろうと思われるのである。

 

生徒理解の実践2)

 

猪苗代町立吾妻中学校 教頭遠藤信男

 

はじめに

 

「生徒指導」という言葉が使われ出してからかれこれ十五年余になる。この間、特に近年、日本のたどってきた社会経済の変動が、教育界に、あるいは青少年に与えた影響は大きい。

物質の豊かさが生む人間性の喪失、連帯性の欠除、生活や考え方の複雑多様化等社会の問題となっており、それらからくる非行、犯罪は、一般的規準に基づく指導では通用しない異常な状況となってきている。これらの影響は否でも応でも青少年にまで及び、その意識や行動が大きく狂い始めたとしても無理はあるまい。両親殺しの例をあげるまでもなく、異常と思える幾つかの事象にも、正しい生徒理解を基にした指導があればと悔まれる。

教育課程改訂の趣旨「人間性豊かな児童生徒の育成」は、教育の原点に立ち戻ったねらいで、ある意味ではごく当然のことであるのに、今や痛切にしかも新しさを伴って私たちに迫ってくるのは、社会状況下にある生徒に対する正しい理解と、生徒の内部に存在する自己実現への欲求を正しく育ててやることが教育の責務として今日ほど重視された時期はないと認識されるからにほかならない。

異常な事例がいつ起きるかも分らないという状況を冷静に科学的に受けとめ、教師の時代と言われる八十年代の生徒指導を、人間尊重の精神を基調として新しく見直し、まず基本となる生徒理解から始めたい。以下私のとりくんだ「生徒理解に基づく生徒指導」についてその構想と実践事例を述べることとする。

 

一 生徒理解の構想(表1)

 

二 事 例

 

(一) 前進ノート利用により生徒理解を深め個別指導を進めた事例

 

1) 前進ノート使用のねらい

生徒一人一人の教育上の諸問題を可能な限り把握し一人一人の理解を深め、本人又は、その親などに、より望ましいあり方について助言、指導をすること。その指導助言は、教師側からの一方的な指示、命令、教授ではなく、自らの問題を自らが自主的に解決することができるように援助をするものであり、生徒自身が現在の自分およびその問題について

 

 

 

 

 


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