教育福島0068号(1982年(S57)01月)-031page

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事例1)では遊びの指導を通じて母親の変容が見られ、本児の人とのかかわりも、本児と担任、本児と母親というコミュニケーションの芽ともいえるものが見られるようになってきている。また、探索行動のおう盛な事例2)の生徒の場合も探索行動をそのまま放置しておけば、引き込もり沈潜してしまうことになりかねない。多くの遊びの機会、遊具などを経験させるなかでそれらを発達のステップヘと導くことが大切であるように思われる。

指導事例3)4)とも集団遊びを通して集団参加の困難な児童生徒の参加への糸口を求めたものである。能力の著しく異なる集団の指導について常に個々へ目を向けるよう工夫しているなかでこれらの実践は集団指導において個々への配慮を可能にするものとして更に研究を重ねる価値のあるものと思われる。それと合わせ、今後「遊び学習」をこの教育に定着させるため、もう一歩研究を進める必要を感じる。

〈コメント〉

 

一 事例研究のすすめ方

 

心身障害教育の分野で事例研究が重視されるのは、障害が同じであっても障害を受けた時期・部位・程度及びその後の養育環境などがみなちがい、どれをとっても同一に扱うわけにはいかないためである。このちがいは健常者を対象とした場合の比ではない。

事例研究は、二種に大別できる。

事例を事件として扱う立場がある。インテーク・インタビュー、その他必要な検査・実験・観察等により主体の状態をつかみながら、ある状況条件種を設定して教育的なかかわりあいを持つことになる。このとき、他事例とは関係を持たない事象として独立させて個別に扱うことを基本としている。

他方、事例を範例として扱う立場がある。今、接近の方法を、便宜上、仕事を支える基盤としての洞察(あしば)、ストラテジーの策定(だんどり)主体への対処(なりゆき)の三者の循環関係とみるなら、例えば、事例A、B、C、………を考えるとき、図1のように「あしば」を扇のかなめとして位置つけた関係でみることになる。この立場をとることにより、どんな事例もわれわれの仕事に無関係なものはなくなり、そこで導出された洞察は多数の間の共通性からだけ導かれたものでなく、相対立するもののうちからも引き出され、相対立するいずれの項にもその正当性を与えることになる。

さて、この事例の執筆者及び読者はいずれの立場で考えているだろうか。

 

二 教育の場における「遊び」の研究

 

行動形成に関するある課題に迫ろうとするとき、それに真正面から取り組むことが必ずしもよい結果をもたらさない場合がある 次に、常同的行動の改善・消去に関する二種の対処例を示すこととする。

その1 施設入所当初、夜泣きをするS児に対して乳首を与えると、泣かなくなったが、不潔なため乳首を除去したところ、指しゃぶりが出現した。指しゃぶり防止と、清潔保持というねらいからプラスチック容器と布の特製手袋を装用させた。その結果、指しゃぶりはなくなったが、首ふりや、全身運動、それに奇声を発することとなった。 (注1)

その2 未熟児網膜症のY・Kは、放置された状況におかれると身体を前後にゆすりはじめる。担当Uは、(1)常同的行動しかあらわれないようにみえるときは、歩行に誘う。(2)歩行中は、Y・KがUに手をとられ引きまわされる状態から棒又は太綱を互いに両端を握る状態へと移り変わるように仕かける。(3)Y・Kのあいている手は、歩行途中の建造物、家具、器具などにひろくさわるようにしむける。さわり方も「たたく」だけでなく、なでる、こする、おす、たどる、ひっぱるなど、それぞれに適した場所で、UがY・Kの手首を持ちそえてたすける。(4)進行のテンポは次第にY・K自身のテンポにまかぜる。(5)Y・KがUとの連絡を断ち切って、しかも自発的で活発な探索活動をつづけていると推測されるときは危険を防止する以外は邪魔だてしない。(6)ある範囲が確定的になりかかっていると認められるときは、軽く方向偏圧を加えながらより広い範囲へと誘う。

こうした対処により、通所の早い時期から、はじめは徐々に、のちには、急速に探索活動が活発に、しかもより広い範囲において行われるようになった。 (注2)

1のような例は、健常者の生活にもある。機構改革等により配置転換させられた人などにその典型がみられる。この時、ノイローゼになることもめずらしくない。本人が順応しようと努力してもこうなのである。心身障害児においてはなおさらのことである。

そこで、2のような、一見当面する問題とは関係のない部分から着手する方法が効果を上げる場合がでてくる。遠まわりをしているようであるが、結果的には、進歩が著しく、確実なのである。本文二の(一)をよく読めば、2はその実践例であることがわかる。

 

(注1)常同行動の指導事例、山村、他、精神薄弱児研究第二百四十九号一九七九日本文化科学社。

(注2) Y・A、N・A、Y・K、K・T、T・Z、についての教育実践

要録、梅津他第七回重複障害教育研究会全国大会発表論集、一九七九重複障害教育研究所。

 

図1

範例としての事例間の相互関係

 

 

 

 


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