教育福島0079号(1983年(S58)02月)-041page
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随想
心豊かな生徒に
伊藤 渉
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教員三年目(昭和四十九年)の時、南会津郡南郷村立大宮中学校に着任した。
この年は、豪雪で校庭には、四月だというのに二メートル近くの雪があった。その日、校長先生から学校のようすを伺っているうちに部活動の話になり、「部活動は、バレーボールをやってもらえないか」ということだった。
バレーボールを指導したことのない私は不安でいっぱいだった。
次の日、学校に行ってみると、雪深い校庭にスコップを持った数人の生徒の姿があった。聞いてみると、バレーの練習が一日でも早くできるように雪消し作業をしているのだという。この熱意ある生徒の姿をみて、不安などふっとんでしまった。
雪が消えるまではランニングと体力つくり。その間、バレーボールの本を読んだり、知り合いの先生のところになんども足を運んで勉強した。そしてバレーボールは、地面にボールを落とさなければよいという当然のことを改めて感じた。
聾の消え始めた五月、ボールを落とさないための練習を始めた。みんな必死の汗だくである。
六月末の中体連大会では、生徒のがんばりと、前任の先生のおかげで優勝し、県大会に出場した。私は恵まれていた。
それから、半年ぐらいたっただろうか。あろ指導主事の先生から、「伊藤先生はバレー部の顧問と聞いたけど、バレーでなにを教えているのかね」と質問され、「バレーでなににをだって…」となにも答えられず、赤面したことを今でも忘れることができない。
「バレーの指導ならだれにだってできる。問題はバレーを通してなにを教えるかだ」この時から部活動は試合に勝つという目的だけではいけないと思うようになった。しかし、なにをどのように指導したらよいか七からなかった。
こんな時、私を助けてくださったのが下宿のご主人、校長先生、客先生方だった。
ご主人は、食事をともにしながら、「社会に出てからはなんといっても幅の広い人間……。思いやりのある人。失敗してもくじけない人……」などと話をしてくださったし、校長先生や先生方もストーブを囲みながら、「性格に問題のある生徒などを部活動で直せたら……」など教えてくださった。
「部活動をやったからこんなことが身についた」とか、「私はこんなふうに変わった」と、生徒を変容させ、心豊かな生徒を育てていくことだと痛感した。
指導できるかできないかわからないが、部活動の顧問を引き受けた以上、とにかくやってみようと考えをあらたにした。
それからというものは、技能の指導以上にマナーとか精神的なことに力をいれた。協調の足りない生徒、思いやりの足りない生徒、努力の足りない生徒、こういう生徒たちをそのつど個別指導していった。やってみてわかったことだが、後者の指導のほうがはるかに難しいことを身をもって知った。
このようにして私は、四年間指導してきた。目にみえるような指導効果をあげることはできなかったが、自分では精一杯やったつもりでいる。
現在勤務している泉崎中では、バスケットボールを指導している。前任校での経験を生かした指導をと考えているが、いつになったら満足のいく指導ができるのだろうか…。
(泉崎村立泉崎中学校教諭)
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豊かな心を…
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