教育福島0079号(1983年(S58)02月)-043page
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随想
マイペース
吉田裕子
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ゆっくりゆっくり、一歩一歩。その男は、七十キロ近い荷を背負って傾斜を窮めてゆく。決して自分のペースを崩すことはない。
心臓の鼓動とその足の動きは一体となり、ゆっくりゆっくり、一歩一歩、もう何度この登り下りを繰り返してきたことだろうか。
途中のガレ場で彼は、荷を背負ったまま立ち止まる。大きく深呼吸して再びゆっくりゆっくり、頂に近づいてゆく。歩を進めている時も、立ち止まっている時でさえ彼の動きに一切の無駄はない。あらかじめプログラミングされているかのごとく、一連の動きとなり、彼の周囲の空気の流れさえ制御してしまっているのではないかと思わせるほど見事なものである。毎日毎日、昨日に続く過去の日々も、今日から積み上げてゆく未来の日々も、彼は、繰り返し同じペースで歩き、同じ場所で深呼吸する。
かなり前を歩いている登山者の群に追いつき、いつの間にか別の時間空間を泳ぐように追い抜いていく。追い抜かれた登山者たちが息をきらせて頂上にたどりつくと、彼は、誰よりも大きな荷物をすでに山小屋の人に渡し、ゆっくりと汗をふき、若い山男たちに微笑みかける。「いい山でしょう?快晴の時にやあ日本海まで見えるんだ」
三六〇度の展望を欲しいままに、悠然と煙草をくゆらす。彼は、『強力』と言われる男である。
長く厳しい冬が終わると、山の春と夏は、お祭り騒ぎのように艶やかな姿になる。冬の間中、眼っていた山の暮しも一気に賑わいをみせ、彼も、自分の山に帰ってきた。これから初雪が降るまでの間、彼は毎日毎日、同じペースで山に登る。よほどの悪天候でないかぎり、荷物を運び上げる。山の上にいる人々に日常の生活物資や麓の話題を届けるために。
登山者が急激に数を増す七月、八月には、日に二度三度往復することもあるが、そのような時でさえ、彼は、かたくななほど自分の呼吸を守る。ゆっくりゆっくり、一歩一歩。
× × ×
昭和四十九年七月三十日。白馬連峰の中でも優しく女性的な佇まいをみせる白馬岳。夏でも消えることのない大雪渓を越え、葱平で休憩していた私たちの横を、ランニングシャツから出たたくましい赤銅色の肩に、高く積み上げた荷を担いだ四十前後の強力が通り過ぎた。彼の歩の進め方は、見事だった。休むときでさえ、荷物を降すことはせず、杖の先についた小さな台で背負子を支え、一息いれるとまた歩き出す。時計の振子が左右に揺れるように正確に一歩一歩、高山をめざしていく姿。私たちは、しばし呆然となった。
初めて日本アルプスを代表する山に足を踏み出して、有頂天になり、バテ気味になっていた私たちに、ペースを守ることの大切さを目の当りに見せながら、その強力は、いつの間にか私たちの視界から消えていた。
それから二時間。やっと頂上にたどりついた私たちに、その強力は、「やあ」というように笑いかけた。
× × ×
学生生活と別れて、今年で五年目。若さという無鉄砲さでぺースを考えずに頂上を目ざしてきたが、オーバーペースのまま歩いていって、五合目で大休止にならないようにしなければ。休みなく、一つずつピークを窮めていくためには、自分のぺースを確実に守ることこそが大切なのだと、懐かしいアルバムの中に広がる白馬のパノラマを見ながら思う今日このごろである。
(船引町図書館長)
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語りかける自然・白馬
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