教育福島0082号(1983年(S58)07月)-005page

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巻頭言

 

窓のむこうに

 

窓のむこうに

塩田 諭

 

雨後の、輻射熱をともなった風景の中に、農業実習に精を出している生徒の姿がある。

彼らの手は、土にまみれ、汗を吸収した体全体が、活動的に一つのリズムを生み出している。そのしぐさは、大地をしっかりとふまえて、一つ一つ確かさの中で行われている。そして、その後ろ姿からは、生きものをいとおしむこころが伝わってくる。このこころのありようを大事に育てたい。

土と人とのかかわりあいは、もうずっと昔から、生活の中でくりかえされてきたことなのに、今、こうして若い農業後継者の作業にふと目をやると、この見慣れたはずの土と人とのかかわりあいが、なぜか、初めての光景のような錯覚を与える。

人は自然の中に、大地をふまえて立つ。そこでは、未知の可能性を求めて多くの場面が展開される。生きるための生活の知恵も、ここから生まれてきたはずだ。なのに、人は土への執着を忘れ、歩くことすらも拒もうとしている。過言すれば、この現実的な生活の中で、人はいつの日か、自然の逆鱗にふれることになるかも知れない。

ところで、今年度の県高等学校野球連盟への加盟校は、硬式七十二校、軟式十二校である。それぞれのチームが夏の甲子園大会をめざして練習を重ねている。彼らは、監督の厳しい指導に耐え、球友の励ましの中で黙々と白球を追い続ける。白球は、監督の命令を忠実に守るかのように、彼らの右へ、左へといじわるく逃げていく。だが、彼らは負けない。最後に、彼らを包んでくれるものが、ほかならぬ大地であることを知っているからである。土のぬくもりは、疲れきった彼らにとって最大の贈りものでもある。

この自己を律する、厳しさの中から生まれてくるものは、こと野球に限らず、単なる技術面だけの向上ではないはずだ。

二十一世紀を託するに足る、これら若人に求められる心の豊かさこそ、この汗と土との過程から、かもし出されてくることを疑わない。

夏の甲子園大会歌は、「ああ、栄冠は君に輝く」であるが、本当の栄冠はこれら苦しさをのりこえた若人の心の中で培養されるとも思う。

そしてまた試合には、必ず勝.負の運命がつきまとうが、だが待てよ。豊かで清々しい負けがあっても、よいのではないだろうか。むしろ、この清々しさを求めて彼らは自己の限界に、あえて挑戦しているはずだ。だからこそ、汗が、日やけした彼らの顔によく似合う、とつくづく思う。

若人よ、この清々しい疲労感を大切にして欲しい。この疲労の蓄積こそ、骨格を形成する糧であるはずだから。

 

(しおださとし・県高等学校野球連盟会長・福島県立福島農蚕高等学校長)

 

 

 


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