教育福島0083号(1983年(S58)08月)-031page
随想
変化と自立と
小林和夫
同僚との話し合いでよく聞かされる言葉に、入学時はよい成績であったが生活の乱れで成績は不振になってしまったとか、目立たなかったが、まじめによく努力し、ここまで伸びてくれたという述懐を耳にすることが多い。
本校の漁業科、機関科には、総合実習としてグアム近辺などへの漁業乗船実習がある。文字どおりの総合実習で親の庇護もなく、自然条件の厳しい海上で、約九十日間にわたって船内共同生活を体験するとともに、船舶の運航や機関の操作に関する実習と、マグロを漁獲する生産活動を乗組員とともに共同作業を体験する実習である。
この実習の指導教官として、数年ごとに練習船福島丸に乗船して、最近では生徒の生活習慣の基本の確立が容易でなくなってきた、と感じている。
出港第一日目、船酔いとともに船内共同生活が始まる。自らの生きるための食事、洗濯、清掃も一人一人手をとって教えなければならない。しかし食べたままの食器、汚れたままの食堂といった他人まかせ、自分勝手な行動が目立ってくる。また、狭い船内生活なのに汚れた衣類を丸めこんで放置し、他人の迷惑を考えない。居室の清掃も通路のゴミはとるが、船体の動揺で散乱した持ち物を整理することさえしょうとしない者がいる。生徒にとっては初めての船内生活で、右も左も分からないのは当然としても、基本的な生活習慣が身についていれば、どうしていいかわかりそうなものだと思う。しかし、叱ることでは解決しないので、根気よく仕事の手順や方法を理由とともに話し、手本を示し教えなければならない。
このようなことは十年前には想像もしなかったことだ。かつては簡単な説明と、用具の格納場所と使用法の指導だけで、身についている生活の基本を活用し、わからない点は聞きにきて納得し、きれいな環境をつくる自主性を持っていたと思われる。
実習生の船内生活も一ヵ月を過ぎるころから、どうにか要領を覚え、食事の準備やあと始末もきれいになる。汚れた衣服を着ている者もなく、入浴や洗濯もすすんでやり、居室の環境整備にも心がとどくようになる。しかし、食事当番の分担をみると、食堂の清掃をする者、食器を洗う者、食缶などを洗う者が、その班では常に同じで、得手、不得手があり、すべての仕事がこなせる者と友達の手助けをうけている者とだいぶ差がでてくる。
この生活習慣の確立と船内各種実習や学習活動には関連性があって、生活習慣が身についた者は、人間関係もスムーズになり船への適性を高める。生き生きと意欲的な生活を送るようになってくる反面、生活がままならない者は自信がつかず進歩向上がなかなか望めない。
しかし、いろいろの経験をし、自分なりに努力し、長期間の乗船実習を成し遂げた充実感は、何物にも代えることができない。乗船実習を終わり、家庭に戻ったあと親からいろいろな話しを聞くと、すっかり大人になった、言葉づかいがよくなった、気軽に返事をし仕事を手助けしてくれる、自分の部屋の掃除をきちんとやれるようになった、規律正しい日常を送るようになりました、などと我が子の変化におどろくほど自立性がでてくるようだ。
教師としては立派な人間に育ってくれた充足感を味わうときであるが、更に一人一人の生徒が学習面でも全力投球できるようになればと思っている。今後とも基本的生活習慣の確立をめざして、あらゆる機会をとらえ力を入れて頑張ってみたい。
(福島県立小名浜水産高等学校教諭)
希望と不安の中で船出だ!