教育福島0085号(1983年(S58)10月)-006page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

はるなつあきふゆ

 

美術教育について思うこと

 

日本画家 今井珠泉

 

【筆者紹介】

 

【筆者紹介】

旧制白河中学校から東京芸術大学日本画科へ進み、昭和三十一年日本画科を卒業、三十二年専攻科を修了。在学中の三十年には「安宅賞」を受賞、卒業制作「慈光」は東京芸術大学の買上作品となった。数多くの名誉ある賞を受けているが、二十歳代の若さですでに非凡なる才能を発揮した。師は須田◆中、前田青邨の両氏。専門誌によると氏の活躍は、枚挙にいたまがないほどであるが主な経歴は次のとおりである。

日本美術院展関係では、初入選が第四十一回院展出品の「礼拝」(31年)、院友(33年)、第二十回春の院展「映」が奨励賞、第五十回院展「黄昏」が奨励賞、G賞、白寿賞(以上40年)、第五十二回院展「夕照」が奨励賞へG賞、白寿賞(42年)、第二十三回春の院展「角鷹」「軍鶏師」が無鑑査、奨励賞(43年)、第五十六回院展「映」が奨励賞、G賞、白寿賞(46年)、特待(53年)。また、外務省より委嘱の在外公館壁画も多く揮毫しており、「白鳥」(40年)、「摩周岳」(46年)「舞鶴」(54年)、「大和

 

提言という程のことでもないが、現在の小中学校の美術教育について、日頃考えていることを、二、三述べてみたいと思う。

まず、その一点は、絵の評価について、である。のびのびと、思いきりその子の気持をぶつけた作品は、私も高く評価したいと思うが、その見方が、少し偏ってはいないであろうか。改めて言うまでもなく、小中学校教育は、専門家の養成を目的としている訳ではない。

従って、十人居たら十人の個性があって良い訳で、几帳面な子であれば、当然その方向で、良い作品がある筈である。

先生が、のびのびとした大胆なものばかりを、声高に評価すればする程、それに当てはまらない子供は、自分は駄目だと思い込んで、美術そのものに対する自信も、興味も、失ってしまいかねない。この点、教師の側として、一考を要するものがありはしないであろうか。

よく、うちの子は絵が嫌いで困っているが、どうしたら良いか、と相談を受けることがある。そういう子の絵を見せて貰う時、どうも一人一人の子の良いものを引き出すようなきめの細かい指導がなされていないように思われて、残念でならない。先生方もお忙しいこととは思うが、その辺の工夫と心配りを、是非お願いしたいものである。

第二点は、私が日本画を勉強しているから特に挙げる訳ではないが、東京芸術大学日本画科に入学して来る学生達と話をしていると、面白いことに気が付く。それは

 

 

 


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は情報提供者及び福島県教育委員会に帰属します。