教育福島0092号(1984年(S59)07月)-044page

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ぼくの学校わたしの学校

 

おけるあいさつを重点としています。毎週の目標には、このことが特に強調され、気持ちのよいあいさつが、ぼくたちの心を結びつけているのか、ぼくたちの学校には、非行に走るものや、問題行動をするものはおりません。

スポーツも盛んで、全校生が部活動に所属し、毎日汗を流しています。中体連大会を前にした土曜日の全校集会には、応援団が中心となり盛大な選手壮行会が開かれます。その期待にこたえて、各部とも競って好成績をあげてきています。

生徒会活動には特色があり、楽しく活発です。特に、その中心である学校祭は、今年で第十六回をむかえる長い歴史をもっています。第一回のテーマ「力」から、昨年(第十五回)のテーマ「新たな絆・出発」までのろうけつ染めによるシンボルマークが、長い伝統を物語るかのように、大切に保管されています。今年も十月二十八日・二十九日をめざして、七月に入ると、生徒会から活動計画が示されます。

ぼくたちは、先輩たちが残してくれた、すばらしい伝統と校風を受け継ぎ、小平中学校の生徒であることの誇りを大切に、がんばっています。個性豊かな先生方との触れ合いの中で、自分を高め、よりよい学校づくりをめざして努力しています。

 

(校長 生田目三郎・児童数173名)

(校長 生田目三郎・児童数173名)

 

全校生徒の努力の結晶

全校生徒の努力の結晶

 

福島県立梁川高等学校

3年 伊藤智彦

 

(校長石川義光・生徒数643名)

 

(校長石川義光・生徒数643名)

 

私たちの学校は、福島市から二十キロ。福島県の東北端に位置し、信達平野をパノラマ式に一望できる高台にあります。この地はその昔、伊達氏が梁川城を築いた所で、「霞にあける古城趾は、その名もゆかし鶴ケ岡」と、校歌にも歌われており、校地内にはかつての城の土塁がみられて、往時をしのぶことができます。しかも現在この鶴ケ岡には、幼稚園から高校までが隣り合った形でまとまって建っておりますので、全国でも珍らしい文教地区になっているといってよいでしょう。

本校の創立は大正八年。以来すでに六十年余を数え、九千人に近い卒業生になりました。町立の実科女学校として出発後、幾度か校名も変わり、昭和二十三年に現在の校名になりましたが、現在でも七十五パーセントが女子ですので、女学校的雰囲気の濃い、清潔で明かるい学校になっています。

数ある行事の中でユニークなのは、全校生による「いも煮会」でしょう。学校裏手の広瀬川畔でナベを囲む名物行事としてすっかり定着しました。一方、昨年は「梁華祭」と新しく名づけた学校祭でも、全校生が燃えました。

かつての「蚕都」梁川町は史跡も多く、「民話」を今に残す里ですが、今や「ニット産業の町」としても知られるなど、古いものと新しいものとが生きている町です。私たちは先人の築いてきたこの町や学校の伝統と歴史を守り、さらに発展させていかなければと互いに誓い合って努力しています。

 

仮装行列の一コマ

仮装行列の一コマ

 

 

 


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