教育福島0094号(1984年(S59)09月)-022page

[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

みると、その感が更に深まるのである。「旅情」「旅愁」「旅だち」「旅にのぼる」などである。

もっとも、最近では、交通機関の急速な発達により、距離感が薄れ、旅に対する感情ももっとあっさりしたものになっていることも事実であろう。しかし、それでもなお、人は余暇をみつけては旅をしょうとするのは、人間の情は、今も昔も変わらないからであろうと思う。

 

郎の詩にも、啄木のそれを意識したと思われる作品がある。「旅上」である。

 

石川啄木の「一握の砂」の詩の中にあたらしき背廣など着て/旅をせむしかく今年も思い過ぎたるというのがあるが、これも旅へのあこがれと解釈できるし、萩原朔太郎の詩にも、啄木のそれを意識したと思われる作品がある。「旅上」である。

ふらんすに行きたしと思へども/ふらんすはあまりに遠し/せめてあたらしき背廣をきて/きままなる旅にいでてみむ

「純情小曲集」などもまた、同じ感情であろう。

学生時代、長期の休みに入ると、その前半をアルバイトで明け暮れる友人がいた。郵便局での郵便物の区分け、新幹線での車内販売などなど。

アルバイトをしなければならないほど貧しいわけではない。彼女は、このアルバイトで得たお金を何に使うのであろうかと思えば、長期休暇後半の、「旅」をするためなのであった。

そのころの私はといえば、旅に行くというようなことは、考えたこともなかった。見知らぬ土地へ行くことの不安、乗り物よいの心配、それにも増して、出無精の私の心がひきとめたのである。

そのために、私は、大学を出るまで旅をしたといえば、学校の遠足と修学旅行の経験しかなかった。だから、暑い夏に、貧しくもないのに汗を流してアルバイトをし、その収入の全部を幾日かの旅行のために消費してしまう友人の気持ちが理解できなかったものである。

その私も、教職について十年目を迎えたこの頃は、職員仲間との旅行とか、一人旅の経験も持つようになり、旅へのあこがれの感情なども理解できるようになってきたように思う。あの大学時代の友人の、旅への情熱なども彼女は彼女なりに、未知へのあこがれへの精一杯の努力であったのかと、今になって思うのである。

以前に、佐渡ヶ島へ旅行したことがある。乗り物よいするので、日本海を船で渡るのに不安もあったが、「ジェットホイル」なる乗り物故か、ほとんどゆれず、それに加えて、日本海の海の青さと空の青さが美しく。まさに、

しんしんと肺碧きまで海の旅

−篠原鳳作の句のごとく、快適な船旅であった。

佐渡ヶ島といえば、承久の乱の昔から、遠流の島としての史跡や、江戸時代の「犯科帳」などにみられる、無宿非人の涙の島というイメージを持っていた。しかし、観光バスの運転手さんの態度が、私の心を明るくしてくれたのである。

というのは、この運転手さん、くねくねと曲がりくねった道路を運転しながらも、自慢ののどを聞かせてくれたのである。佐渡を代表する民謡「佐渡おけさ」を叙情たっぷりに歌うのを聞き、なにか心温まるものを感じた。

また、歌を歌うことによって、旅行者の心をなごませ、少しでも楽しませようとする彼の熱心な姿に接し、感心するやら、感激するやらであった。

青い空と青い海の、さわやかな風景の中をバスに揺られながら、私はふと歴史の流れのようなものを感じたといえば、少し大袈裟であろうか。

とにかく、旅とは、楽しいものである。

(玉川村立玉川第一小学校教諭)

 

あの絵から

臼 田 幸 二

 

「鉛色の暗い空、さかまく怒とう、海辺にへばりつく赤い屋根の家」おそらくは、日本海沿岸の漁村風景を描いたものであろう。冬のきびしい自然の情景を、ナイフの力強いタッチでまとめた画面は、展示されている周囲の絵を圧してまさに迫力があった。数年ほど前の日展を見て心ひかれた画家Kさんの絵である。

 

ような風景に一度はめぐりあってみたいものだとたびたび思うことがあった。

 

その後、「あの絵」から受けた感動が強い印象となって、しばらくは脳裏をはなれることがなかった。わたしも展覧会の度に出品してきたが、いままでの題材は、ほとんど建物ばかりであった。このことに少々飽きていたこともあって、Kさんのスケールの大きい力強い作品にすっかり魅せられてからは、たとえ季節は違っても、あの絵のような風景に一度はめぐりあってみたいものだとたびたび思うことがあった。

そんなことから、二年ほど前の夏休みに車の一人旅を思いたった。八月に入って間もないころであったが、もちろん、絵の取材ということだけで、あてのない実に気まぐれな旅であった。あれやこれや画材を整え、そそくさと高速道路を一路北へ向かった。途中十和田湖に寄り一泊した。翌朝、奥入瀬の渓流を下りながら、朝もやのかかる

 

 

 


[検索] [目次] [PDF] [前] [次]

掲載情報の著作権は情報提供者及び福島県教育委員会に帰属します。