教育福島0098号(1985年(S60)01月)-037page

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も身につけさせていくことができる。

発達段階からだけでなく、今日的な教育の課題とのかかわりから合科的な指導が重要視されている。

自ら学びとる態度を育てるには、体で覚えさせることが大切であり、低学年は体験をためこむ時期でもあるため、体験的な学習が中心となる合科的な指導が重視されている。児童が生き生きと楽しく学習するためには、活動を中心とした学習を組織する必要があるが、教科の枠をこえた合科的な指導がより効果的であることはいうまでもない。

 

(3) 指導の反省に立って

自分のこれまでの指導をふりかえってみると、ともすると教師の意図する目標や内容が優先し、児童の実態を十分考慮しなかったため、どうしても教師主導型の指導になりがちで、児童は受動的で生き生きと学習に参加する姿の少なかったことが反省させられる。

児童が楽しみながら、体で生き生きと学習する姿の具現を図るため、教科の枠をはずして児童の夢中になれる活動を中心に学習を組織していく合科的な指導について研究を深めていくことが大切であると考えた。

 

(4) 児童の実態と本校教育目標の具現から

本校の低学年の児童は恵まれた自然環境の中で育ってきたせいか、大変素直で、教師の指示や決められたことにはよく従うが、自分から進んで行動することが少なく、表現のしかたもあまりよくできないのが特徴である。しかし、遊び時間は目を輝やかし夢中になって活動している。この遊びに夢中になっている姿を学習に取り入れていくには合科的な指導が最適である。豊かな経験をすることによって、多様な表現活動が可能となり、表現力もついてくると思われる。

本校の教育目標に「心身ともに健康で、情操豊かな正しい判断力をもつ、実践力のある子供に育てる」とあるが「たしかな考え」をもち「やりぬく力」のある児童に育てることにもつながるものと考える。

 

二、研究主題の分析

 

(1) 一年生で「喜んで学習に参加する」とは(資料1)

旺盛な意欲をもって学習に取り組むことをさすが、本能的・衝動的な興味欲求から出発して、目的的、価値的な学習や満足感、自分でやれるといった学習へ誘導し、これを成功させて成就感や満足感、自分でやれるといった自信や喜びを体得させ、更に次元の高い目的的、価値的な興味欲求をおこさせて学習に取り組ませることを意味する。

一年生においては、子どもの好きなこと、したいことから出発して、しなければならないものに立ち向かい、やがて、しなければならないものさえ好きなものとなり、意志力に支えられなくても自然発生的な意欲をもち「喜んで学習に参加する」ことを期待したい。こうした積み上げが、やがて中高学年になって、学習することの意味を認知して学習できることにつながっていくものと考える。

 

(2) 一年生で「自ら学びとる態度」とは

「自ら学びとる」とは、自主的、能動的に学習し、その学習を自分のものとすること、更に自分のものにするように、学習のしかたを工夫し、創案し発見していくようにすることである。それは、自己の枠に閉じこもることではなく、自分が学びとる、友達と学びとる、先生に学ぶというあり方によって身につけていくものである。

「自ら学びとる」には、「基礎学力」「学習のしかた」、「学ぶことへの心情や態度」などが重要な要素として考えられるが、一年生においては、学ぶことへの意欲や興味心情を大切にしたいと考えた。

自分から積極的に働きかけて学習を理解し、知識や技能を自分のものにしていく意欲的な活動を、「学びとる態度」としてとらえていくことにした。

 

(3) 合科的な指導を通してねらう「喜んで学習に参加し、自ら学びとる態度」とは

 

資料1「喜んで学習に参加する」とは

 

 

 

 


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