教育福島0100号(1985年(S60)04月)-023page

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随想ずいそう

 

視野を広げて

 

視野を広げて

長澤徳子

 

た。この地味ではあるが、着実な日々の営みが教師としての生きがいであった。

 

児童の教育を直接担任している時は、児童と一緒に遊んだり学習したりなど、具体的な児童の姿を愛情深くみつめ、ほめたり励ましたりして、児童の成長を実感としてとらえることができた。この地味ではあるが、着実な日々の営みが教師としての生きがいであった。

四月からは、児童を見る視点を変えなければならない教頭職を命ぜられて、早くも一か月が過ぎようとしている。これからは、視野を広くして、学校全体の児童を見つめようと心している。知徳体の調和のとれた人間教育に対して、一歩前進しなければならないと思っている。校長を補佐しながら、学校経営という視野から各担任をとおして、あるいは直接的な児童の教育をとおして、全校の児童をしっかりと見つめて、いかなければならないと強く心に念じている。これからは、今まで以上に、大きな使命感と責任感を感ずる次第である。

人それぞれの生き方があるように、教師や児童にもそれぞれの生き方がある。この個性的な生き方を大切にして、教師や児童の自己実現が図れるような援助指導をと、日々心がけて努力しているきょうこのごろである。

今から何年か前に、はじめて教え子の結婚式に招待された。

「先生、あの節は大変お世話様になりました。あのころのぼくは……」と、婿殿に挨拶された。この言葉は、あたりまえの言葉かも知れない。小学校を卒業してから十三年経って、百八十センチの背丈とひげのそりあとの青々とした姿に接した私は、

「ほう。」

と 瞠目した。

それからというものは、子どもの姿を十年先、二十年先と引き伸ばして考えるようなった。そして、その子の良さや可能性を将来の青写真として見い出そうとするようになった。

小学校時代には、たとえ手のかかるような子どもたちでも、成長するにつれて、人としてたくましい生活力を身につけていくものであり、また乱暴で手のつけられない子どもも、ほかの人間にない根性や思いやりを発揮するものであることを信じて、何事も自ら身につけていく自己教育力を育てる必要性を痛感し、努めてきた。

学校における教育活動は、個人の力だけでは成果は望めない。教育は、人にありといわれるように、ひとりひとりの教師の人格や素質の優秀さもさることながら、チームを組んだ職員が協力し合う組織的な活動の展開が肝要である。自ら考え、正しく判断できる児童の育成をめざすという校長の指導理念の下に、個々の教師の特性や持ち味を生かした学校経営の一助になればと、日々励んでいる。

今まで多くの先輩から教えていただいた御恩の数々を、感謝の気持ちを込めて、後輩に引き継ぐことも、私の一番の務めだと考えている。(福島市立森合小学校教頭)

 

朝市の顔

 

朝市の顔

遠藤達夫

 

ない。先だつものと、暇のバランスが悪く思い切った旅行が出来ないのである。

 

ここ二〜三年旅行仲間と旅行をしていない。先だつものと、暇のバランスが悪く思い切った旅行が出来ないのである。

旅行仲間と旅行したと言えば、数年前能登半島を巡りその足で、クロヨンダム、伊香保温泉とかなりハードスケジュールで歩き回ったように覚えている。ハードスケジュールでも、目的地へ着けば、その町のもつ雰囲気で心が洗われるというか、安らぐ時間一場所)があるのではなかろうか。輪島は、その意味から言って、今でも心に残る所であった。(旅行するなら輪島に行って見たいという、長年の思いが達成されたこともあるが。)風景、行事、食べ物等は、当然ながらも、早朝より開かれる朝市である。新鮮な魚や土産物等の露店が、道路の両側いっぱいに並び、陽に焼けたおばさん達の笑顔があった。普段の露店の場合、物を買っても会話まではしないが、この朝市のおばさん達は、買い物客に楽しそうに話

 

 

 


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