教育福島0103号(1985年(S60)08月)-024page

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もらえるように話をしたら、少しの子どもから、

「F、おれらのどこさきて、描いだらいいべや」

と、言ってくれた。しかし、

「いい」

と席を動ごうともせず、淡々と鏡をのぞき込みながら自分の顔を描き始めたF君。私はなすすべも知らず、ただ、熱いものがこみ上げすまないと思うばかり。そこにいることができず、職員室へかけこんだ。教頭先生に相談していく中で、F君の状況をとらえることができた。また、学級経営誌を開いてみた。一年の時、母と死別、四年のとき……。それで友だちが離れていっているということが記されてあった。

教師というのは、子どもたちが訴える以前に心を知り、心くばりや手をうってやるべきである。訴えられた後で、あやまっても許されるものではないと、子どもを知ることの大切さを痛感した。

今から十五年前、全くの見知らぬ地、南会津へ新採用として赴き、若さと情熱でスタートした四月末の教室での一コマである。

 

そして今、道徳教育の研究を推進し、子どもの本当の姿を知ることの重要性から、日々同僚と努力しているが、どうも私たちは、表面的な事象にまどわされ、そのことだけで子どもを分かったと錯覚し、子どもの本当の心を見落としているのでは、と考えるこのごろである。子どもを知るための底に流れているものは、教師と子どもとの人間としての信頼感ではないだろうか。

一人一人の子どもの心を知り、くもりのない笑顔を持ち続ける子どもを、そして、「ああ、今日も学校へ来てよかった」という充実感と明日への期待をもたせられる教育をしていきたいと願っている。

 

F君自身からの便りは、もう十年も途絶えている。しかし、毎年、七十を過ぎたおばあちゃんから、孫の近況の報告と奥会津の山の幸の味とにおいを届けていただいている。

(浅川町立浅川小学校教諭)

 

幸せなひととき

櫻井 宏尚

 

くと、椅子に一人一人の子どもたちが座り、私の方をにこやかに見つめている。

 

子どもが帰った後に鳴り響くチャイムの音というものは、いやに大きく聞こえるものだ。今までの喧騒が、まるで嘘のような静けさ。私が最もホッとするひとときがこの時間である。知らず知らず緊張していた心と体が、次第にときほぐれてくるのがわかる。眼を閉じると、今日のできごとが走馬燈のように私の脳裏を駆け巡る。そして、十四人の子どもたちの顔が一人一人浮かび、私に語りかけてくる。眼を開くと、椅子に一人一人の子どもたちが座り、私の方をにこやかに見つめている。

 

子どもが登校してから下校するまでの私は、毎日めまぐるしく変わる子どもの顔色に驚きながら、右往左往している。最初のうちは、そのまま毎日が過ぎていた。そうすると、今日のできごとがすぐ過去のものとなって忘れ去られ、次の日も同じことを繰り返し、その場その場を切り抜けるのに躍起となっていた。そのような日々の中で、四月も半ばを過ぎたある日、職員室に残っていた私に、教頭先生が次のような言葉をかけてくれた。

「櫻井先生。私は、子どもが帰った後、教室に一人座ってその日のことを思い出すのが楽しみでねえ。一人一人の顔を思い浮かべて、あの子はどうだったかな。今日はあの子にあまり声をかけてあげられなかったな。明日はあの子に一番に声をかけてあげよう、とかね。色々と明日の出会い方の想を練ることが楽しみでした。先生も三十分でもいいからそういう時間を持つといいと思いますよ」

この一言から、私はこのとても幸せな一時を持てるようになった。

 

私を見つめている子どもたちの顔、ある顔はニコニコと笑っている。ある顔は泣いている。笑い顔の子には笑い顔の理由が、泣き顔の子には泣き顔の理由がある。この時間を持つようになってから、その理由が少しずつ見えてきたような気がしている。このひとときは、子どもから教えられるとき。そして、明日の出会いが生きてくる。

子どもに教えられながら進む毎日というのは、実に加速度でもついているように過ぎ去っていく。そのような時間の中で、このひとときは、一口の清涼水のように、私の心を和ませてくれる。過ぎ去ってゆく時の一つの歯止めとなり、毎日の生活に一つのくぎりをつけてくれる。

「A君は、今日とてもすばらしい発言をした。明日もがんばれるといいな。Y君は帰りにみんなの机を並べてくれた。明日一番にみんなに報告してほめてあげよう。S君は今日も忘れものをしてきた。どうしたらきちんとできるようになるのだろうか」

今日もまた、教室でひとり、子どもたちのことをあれこれ思い出しながら、明日の出会いを描き出している。

(下郷町立南小学校教諭)

 

 

 


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