教育福島0117号(1986年(S61)12月)-027page
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したのは三人だけだったのです。私は目の前が真暗になりました。何のために今まで苦労して計画を練ってきたのか、一体誰のためになんだ、校長にどう言い訳したらいいんだ、私は煮え返る思いで、憤然としてこう言いました。「俺は三人でも行く!」と。終礼がおわり、科務室に帰り、このことを科の先生方に伝えると、みんな「そうか−」と落胆してシーンとしてしまいました。私はいろんな部分で性急すぎたのかも知れません。そんな静寂がしばらく続いた後、私の前の席のB先生が突然、「そんなんじゃだめだ。三人だけではクラスの力にはならない。多くの者が参加して初めて意義があるんだ。明日から引率する教員で生徒一人一人を説得してみよう」と言い出したのです。私はそんな突飛な試みは無謀だ。(私にはその時本当にそう思えたのです)そんなことで考えを変えるようだったら、とっくに行く方に傾いているさと半ば諦め、半ば冷ややかにその話を聞いていました。でも彼は次の日の放課後から引率する先生に生徒を十人ずつ割り当て、実際に説得工作を始めたのです。そして出発前日までには三十人の参加の確認をとってしまったのです。私はここでもまた同僚に助けられました。
七月二十一日、二十二日の浅草岳登山は大成功でした。結局、当日参加したのは二十六名でしたが、スイカ割り、キャンプファイヤー、三時間余の苦しい登山、そして雪渓の上で食べた昼ごはん、そのどれ一つとして、彼らの高校時代の思い出として残らないものはないでしょう。私たちも下山して、帰るだけの只見駅前の食堂で、四人で飲んだビールの味は今でも忘れ難いものです。
私はこの浅草岳登山で本当に勉強させられました。他の教師が困っている時、本当に協力的に同僚のために尽くしてゆく、これが教師集団なのだと。そしていつの日か私も、そういった形で他のために尽くすべきだと。
今、生徒たちは三年生。就職に進学に毎日忙しそうですが、彼らがここまで来れたのも、あの浅草岳登山があったからなのかなあなどと思っている今日このごろです。
(県立会津工業高等学校教諭)
言語の透明性
喜多見潤子
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この四月に開所したばかりの養護教育センターでの教育相談が始まって半年が経過した。脳性マヒ、聴覚障害、精神薄弱、情緒障害と来所する子どもたちの障害は様々だが、申し込みの主訴に、「発音がおかしい」、「どもる」「ことばがふえない」、「遅れている」など、ことばの問題をあげてくるものが、来所相談では全体の三分の一と比較的多くみられる。
人は日ごろ、特に意識もせずに、他者とことばによってコミュニケートし、ことばによって思考している。健常な子どもでは二〜三歳になれば、特別教えなくとも、豊富な語いと多彩な表現で本当に意味がわかっているのかと首をかし、げさせながらも、周囲の大人たちを楽しませたり、うれしがらせたりしてくれる。しかし、一方、私などことばを使い出してかなりの年数を経たのだが、今だにまとまった話をしょうとしたり、何か文章を書く段になると、適当な語が浮かばず、また、それをどうつなぐかに四苦八苦してしまう。
子どものことばの問題で相談にくるお母さんや先生がたも、何の苦もなく、日ごろことばを使っている。しかし、相談に連れてきたその子どものことばがどんな状態か、どこに問題があるのかを知り、これから何が必要なのかをみつけだし、子どもに対して適切な言語的対応がとれるようになるということは、相談にきたお母さんや先生がたばかりでなく、相談を担当する私にとっても、かなり難しい課題である。
私たちは、ことばの熟練した使い手のはずなのになぜだろうか。
これは、言語が機能と構造の二重性を有し、しかも両者を同じ水準で私たちが意識化できないためのようである。私たち言語使用者は、言い誤りや相手の話し癖に気をとめたり、耳新しい表現を反復するなど言語の構造的側面へ注意をさしはさむことはできる。しかし、それは副次的なもので、焦点的意識は言語の機能、つまり意味にあり、使用している語や構文にはないためのようである。意味は不透明だが構造は透明(ポラニー、一九六四年)なのである。相談にきたお母さんが、子どもの発音や声の調子など言語の表層的側面に目をとられて、自分がどんな構造や手段を使った時に、子どもが理解したり、理解しなかったりするのかを、なかなか意識化できないのも必然と思われる。
意味と構造が立体的に見えるめがねがあったらどんなに便利かと思う。しかしそんな安易なものなどあるはずはない。言語習得に興味をもち、聴覚障害児、言語障害児とかかわり始め十年になる。その指導に、まだ明解な解決策を見い出せずにいるが、これからもしばらく、言語習得の不思議な透明のわくを探り続けていきたいと思う。
(県養護教育センター指導主事)
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