教育福島0122号(1987年(S62)07月)-015page
姉妹校選定の具体的段階では、いままでに本校が留学生を交換し合った相手校の中から選ぶという基本線に立って選考を進めた。その結果、この条件を満たすホワイトブリッジ高校(オーストラリア・ニューカッスル)を候補に選んだ。
◎昭和六十年十月二十一日(月)
再度駐日オーストラリア大使館を訪問し、本校の姉妹校についての具体案を提示し、実現のための協力を依頼した。
◎昭和六十年十月二十九日(火)
駐日オーストラリア大使館が本校を推薦する書状をホワイトブリッジ高校へ送った。
◎昭和六十年十一月八日(金)
本校が姉妹校の依頼文をホワイトブリッジ高校へ送付した。
◎昭和六十一年一月六日(月)
ホワイトブリッジ高校より教員一名が来校し、姉妹校に同意する旨の伝言を持ってきた。
◎昭和六十一年二月二十八日(金)
ホワイトブリッジ高校より姉妹校提携に同意する文書を受理した。
2) 交流の実践
ア) 美術科による交換作品の送付
第一回の姉妹校交換作品として絵文字(漢字)、切り絵(日本の花)、イラストそれぞれ八点を送付した。(昭和六十一年三月二十七日)
イ) 姉妹校からの贈りもの
ホワイトブリッジ高校長より本校校長あてに交換用作品に対する礼状が送られてきた。また、姉妹校提携の記念として、校長・教職員・生徒一同の名でコアラの「ぬいぐるみ」が本校に送られてきた。(昭和六十一年六月二十三日)
ウ) 家庭科による交換作品の送付
第二回目の交換作品として刺し子のふきん(六点)、ちぎり絵(朱竹・額入り一点)、紙製かご(柄あり一点)、同(柄なし二点)、お手玉(十二点)を送付した。(昭和六十一年七月十八日)
エ) 美術科による交換作品の送付(第二回)
今回は、ポスター(日本古美術紹介十点)を姉妹校に送った。(昭和六十二年三月九日)
オ) 文通
姉妹校と文通を希望する生徒を指導し、手紙で自己紹介させた。(昭和六十一年六月中)
その後、生徒間に文通が続けられている。
(四) その他の国際交流
1) アセアン青年視察団の受け入れ
(昭和六十年七月十八日)
2) 「国際交流」校内研修会
講師・兼子アン
テーマ・英国と日本
(昭和六十一年五月十九日)
3) 留学生受け入れ
エミー・プライラー
アメリカ・YFU短期(昭和六十年度)
キム・オーリッシュ
オーストラリア・ロータリー交換留学生一年間(昭和六十一年度)
4) 留学生派遣
海村真寿美
ロータリー交換留学生としてアメリカに一年(昭和六十年度)
佐藤秀子
YFU希望留学生でアメリカに一年間(昭和六十年度)
山口綾子
ロータリー交換留学生としてオーストラリアに一年間(昭和六十一年度)
七、評価、反省及び今後の課題
(一) 評価
昭和六十年度・六十一年度の国際交流の研究実践によって、次の成果が得られた。
1) 国際感覚及び国際的事柄への関心の高揚
教科(主として社会科・英語科)やロングホームルームなどの授業の中での国際理解教育の実践及び留学生との交歓や姉妹校との交流などによって、外国についての知的理解が新しい角度でなされるようになった。また、海外の事情に対する関心が以前より高くなった。
2) 外国人との交際に対する抵抗感の減少
研究年度で実践した一連の「国際交流」によって、外国人を一層よく理解できるようになった。また、研究第二年次の白牡丹祭時に実施した招待留学生のホームスティによって、本校生の家庭や地域の人々の国際理解も進んだ。
3) 自己及び自国の再認識
本研究を進める中で、わが国が外国と異なる点からは反省または自信を得た。あいまいな点は調べて明確にしておくことも多くなり、国際交流の研究は結局、自分や自分の国を見直すことにつながっていることに気づいた。
(二) 反省・今後の課題
1) 国際理解教育の推進
研究年度で得られた社会科、英語科及びロングホームルームでの国際理解教育の成果を今後に生かし、更によいものに充実発展させたい。また、国際理解が人間生活の広い領域を含むことを考え、多くの教科について国際理解教育の可能性を検討すべきであると思う。
2) 姉妹校との交流の促進
現在行っている生徒間の文通や作品交換以上に交流内容を工夫したい。また、姉妹校の間には教職員のレベルでもっと交流を図りたい。