教育福島0122号(1987年(S62)07月)-022page

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このようなことから考えてみると、漢文という学問は、現代の学問に合わないような印象を受けてしまう。しかし実際には、現代の国語に関わる文語文法、国語文法は、全て漢文の訓読が基本となっているのである。国語の歴史を振り返れば、「論語」、「千字文」(日本に伝わった最初の書物とされる)から始まり、「古事記」、「日本書紀」にしても漢文で書かれている。その後、女性文学の特徴でもある仮名文学や、軍記物の特徴でもある和漢混交文にしても、その読みの基本は、全て漢文調である。また、日本のことわざや故事成語のそのほとんどが、中国の書物を出典としている。このような事実から考えてみても、国語と漢文は切っても切り離せない関係であることがわかる。

私にとって、漢文は非常に堅いイメージのものから親しみを感じる学問にいつしか変わっていた。特に私は、儒家、道家、法家、墨家などの幾つかの古代思想に興味を覚えた。それは、これらの諸子百家と呼ばれる思想家たちが隆盛を極めた中国の春秋戦国時代は紀元前七百年頃から紀元前二百年頃(日本の歴史では、縄文時代から弥生時代に移り変わる頃)までを言い、文字などがまだ使用されていなかった時代に当たるという驚くべき事実からである。私は、これらの古代思想の中でも、この時代に、法律によって政治を行うという法家思想の祖『韓非子』を大学の卒業論文のテーマに選んだ。その研究内容は、韓非子の政治論の分析にあったが、私が韓非子という人物に心引かれた理由は、次の三点のような歴史が醸し出す運命とその皮肉さにあった。

 

第一に、韓非子は、儒家の◆子に師事しながら、◆子の性悪説を基に儒家を徹底的に排斥する「法」、「術」、「勢」の統合による法治理論を展開したということ。

第二に、その法治理論によって、中国統一を成し得たのは秦の始皇帝であったということ。(結果的に、彼は韓王の庶子でありながら、母国韓を滅ぼすことになった)

第三に、彼の政治論は、彼の学友でもあり、秦の宰相であった李斯の推薦により始皇帝に用いられたわけであるが、彼はその李斯によって毒殺されてしまったということ。

 

私は、韓非子がなぜ、あくまでも君権強化のための冷酷ともいうべき法治主義を展開しなければならなかったのか疑問であった。しかし卒業論文の作業を進める中で、彼の心の中に流れている一つの人間性を捉えることができた。彼は幼年期からの弱国である韓をいかに強国にするかという課題から、「法」というイデオロギーを生み出したのではないかという一つの推察が生まれたのである。それは、まさに母国を想う愛国心であったに違いない。歴史的背景からみれば、周の封建制が崩れ去った群雄割拠の時代に、「礼」に代わる「法」の台頭は出現すべくして出現したと見做されるが、韓非子の展開した「法」から、その必然性以上のものを感じ得ることができた。

私の人生において、漢文との出会いは、生涯学習の第一歩となった。すなわち、『論語』の為政篇にある孔子のことば「吾十有五而志于學。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲。不踰矩」のように、生涯学ぶことによって自分自身を磨いていきたい、という思いを私に起こさせたのである。

(西郷村立西郷第一中学校教諭)

 

 

佐藤光子

う歌の一節ではないが、夏休みが近づいてくるにつれ旅への憧れは断ちがたい。

−夏がくれば思い出す−という歌の一節ではないが、夏休みが近づいてくるにつれ旅への憧れは断ちがたい。

旅は、その土地の風俗、エピソード、人々との出会い、さらには、メルヘンの世界にさえも埋没させてくれる。だから年齢を問わず楽しみの一つである。しかし旅は、人間のもつ単なる未知への憧れにすぎないのであろうか。

 

去る五十五年と五十九年の夏、兄の住むブラジルのサンパウロヘと旅立った。初めての国外脱出。しかも、地球の全く裏側の国。不安と期待を乗せて小雨の夕方成田を離陸。「リマ」「ロス」を経て二十四時間後、コンゴニアス着。

まず驚いたことは、パスポートを一ページずつ、ゆっくり、ゆっくりめくりスタンプを押し手渡す。最初は、お国柄だなあと、ほほえましくさえ思って待っていたが、だんだんそばへ行って手伝ってやりたいほどのあせりを覚えてきた。すべてポルトガル語。入国は簡単である。「これは?」に対してすべて身ぶり手ぶり。食べるしぐさ、痛むしぐさ、プレゼントの手ぶり。ゼスチェアでなんとかオーケー。

兄の一族と対面。抱き合い、背中をたたき両頬に接吻の嵐。同行した息子は、顔を紅潮させて嬉しい悲鳴。帰路も出会いと別れのこの儀式(習慣)にたつぷり三十分はとらねばならないことを知らされた。

生活のリズムは、朝は早くコーヒーと軽食。昼は、ゆっくり二時間の休憩夜はおそくまでたっぷり遊び、サッカーに賭け、宝くじに千金の夢をみる人


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