教育福島0135号(1988年(S63)11月)-026page

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甘く 楽しく 心をとろけさせる

思い出と人生でありますように

古い伝統の中で

未来の子供たちが笑う

そして 時代の共通語が行き交う

ギリシア語 英語

子供たちは語ることをやめない

輪はどんどんひろがっていく

子供たちへ

未来へと

時は未来へと流れて行き

現在は偉大な過去となる

別れは思い出となった

硬貨の交換笑顔

子供たちは大人の概念を変えた

硬貨は品物になる

しかし 彼等の硬貨は

二度と姿を変えはしない

心に残る思い出をよびさます

鍵になった

時の流れは速くなり

情景はスローモーションとなって

別れという写真に昇華し

変わることはない

涙は夢を呼び覚まし

夢は世界をかけめぐる

三十七度の橋をわたって

オーストラリア

ロンドン パリ ジュネーブ

ロスアンジェルス

中国

そして 夢は彼等によって

いつの日か 実現されるだらう

長い長い

夢と思い出の織りなす

物語のはじまりである

昭和六十二年度 棚倉町・スパルタ市、姉妹都市締結一周年を記念し、中学生十四名を伴い表敬訪問のおり記す

(棚倉町立棚倉中学校長)

 

歓迎のあいさつをするスパルタ市の子どもたち

歓迎のあいさつをするスパルタ市の子どもたち

 

新任時代を思う

菊地美江

 

修会のお手伝いをし若い先生方に接して、ふと、自分の新任時代を思った。

 

今年の八月、幼稚園新採用教員研修会のお手伝いをし若い先生方に接して、ふと、自分の新任時代を思った。

三十数年前のことであるが、鮮やかに浮んで来るのは、連続する悩みと挫折の数々である。

子どもたちはなついてくれるだろうか、という初歩的な心配は、入園一日目で、どこかへ飛んでしまった。解決したのではなく、それ以上の悩みがどっと押し寄せて来たからである。

園児は、園庭や室内で入り乱れて遊ぶ。教師は、全園児と一緒に遊び、見守り、援助をする。あたりまえであるが、新任者にとっては常に先輩教師の目に触れ緊張のしどおしである。園児の降園後、職員室での何気ない先輩の一言にも身の縮む思いだった。当時、私と同じ新任の教員がもう一人いたが、ともすれば、比較の対象となる。ピアノを弾いても、絵を描いても比べものにならないほど私は下手であった。「あヽ駄目だ、私には向いていない」「明日辞めようか、今週いっぱいで辞めようか」と毎日悩んだ。

しかし、辞表を出す勇気もなく、くよくよと悩み、思い余って大学時代の恩師に長々と手紙を書いた。時には、手紙では足りず、御自宅まで押し掛けて悩みを聴いていただいた。

ある日、自分の未熟さを棚にあげ、不満を綿々と訴えて、さすがにきまりが悪くなり「すみません、困った時にばかり押し掛けて」と小さくなる私に「いいのよ。困った時に、思い出してくれれば、先生は嬉しいわ」とにっこりされ、ありがたくて胸が熱くなった

若い時は、健康を害することは少ないが、心を病むことは多いように思う人は様々で、意志が強く困難にも敢然と立ち向かって行ける人も大勢いるが心弱く病む者もいる。悩みを打ち明けると、理路整然と指導してくださる方がいる。頂いた助言は、非の打ち所がないが、病める者は、自分の欠点や不勉強、努力不足を十分承知で悩むのである。教科書に載せたいような立派な指導や激励が、逆に又、重荷になることもある。私の悩みや愚痴を、ただ黙って聴いて、大きく包んで下さった恩師に今でも深く感謝している。

何事も私よりもよくできた同期の方

 

 

 


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