教育福島0142号(1989年(H01)10月)-022page

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肉や骨格などの、いわゆるスポーツマン的な体格づくりを、つまり外側ばかりを鍛えていたことに気付いたわけであります。

確かに一見頑丈そうな身体が、長い間のトレーニングを通じてできあがっていったわけです。しかし私たち人間の身体の中には、生命維持という点から考えれば、もっと大切な心臓・循環器系や他の内臓諸器官があるわけでありますし、さらにはそれをコントロールしている神経系がございます。この神経系は、さらに二つに大別されまして、一つは、主として外に向かって働く役目を持っている筋肉系統をコントロールする体性神経系、もう一つは、内臓諸器官や、ホルモンの分泌などをコントロールしている自律神経系であります。

スポーツの世界でも近年、体力作り運動が盛んになり、例えば、アメリカのクーパー博士などは、一九七〇年代初頭に、見かけの体格の良さよりも、心臓・循環器系の働きを強めていくことが、いわゆる文明病といわれるものを予防するのに大変効果が高いとして、エアロビクス運動を提唱いたしました。エアロビクスは本来、心臓・循環器系統の器官の働きを良くするために考えられた運動で、有酸素運動という日本語が当てられています。ですからそうした目的のために、たくさんの種類の運動が考えられているわけです。日本ではエアロビクスというと、レオタードを着て踊っていればいいと思っている人がまだいるようですが、あれは大きな間違いだと思います。

さて、フランスの大哲学者であるベルグソンの、わが国における代表的な研究者であり、かつまた世界に先駆けて日本で初めて医学哲学という講座を大阪大学に開かれました、澤潟久敬という先生がいらっしゃいます。この先生は、文学博士と医学博士の両方の博士号を持っていらっしゃって、哲学の部門でも大変素晴らしい業績を残されているわけですけれども、私はベルグソンのことを少し調べてみようと思って本を集めておりましたら、この先生に出くわしたわけなのです。澤潟先生は、哲学についても、医学についても大変多くのご本をお書きになっていまして、その中には東西の両思想に深く通じられた上で、私たち人間の健康についてもいろいろお書きになっていらっしゃるのです。たとえば、「ベルグソンと漢方医学」といったようなテーマであります。

そうした素晴しい先生が、私達が健康を保つためのポイントを六つ挙げておられますので、ご紹介いたしましょう。六つといいますのは、一番目には食事、二番目には排泄、三番目には呼吸、四番目には運動、五番目には生活のリズム、そして最後に心の保ち方の問題、という六つのポイントです。これらの点について、私の体験を交えながらお話を進めてまいりたいと思います。

澤潟先生は、私達の健康を論ずるに当たってまず、「未病に治す」という言葉を使っていらっしゃいます。未病、つまり未だ病気にならざる前に治すということであります。私たち人間、もっと広く申し上げれば生物というものは、外界に対して積極的に働きかける能動性というものを持っております。さてそれでは、この能動性というものを、私たちはどうやって獲得するのでありましょうか。私達が外へ働きかけるためには当然エネルギーが必要となってまいります。そして我々は、このエネルギーを食物を食べるということによって得ているわけであります。デカルトの、「我思う、ゆえに我有り」をもじって言えば、「我食す、ゆえに我生く」なのであります。さて、ここで問題になりますのが、どのような食.物をどのくらい食べれば良いのであろうかということであります。どのような食物をということについての学問としては、栄養学というものがございます。近年栄養学の発達は素晴しいものがあり、さまざまな成果を挙げておりますが、澤潟先生は、それはそれとして高く評価しつつも、健康論にとって必要なのは、食物の成分の問題でも、あるいは栄養素の化学的構造でもなくて、その人その人にとって今どのような食物が必要かということが最も大切だと言われたわけであります。つまり、われわれ個人個人のその時々の健康状態そして仕事の内容あるいは年齢、体格など全てにわたって異なるわけでありますから、まさに今ここに生きている自分にとってどのような食物が必要であるかということがわからなければならないというのであります。

もう一つ、食べる量について申し上げれば、昔から「腹八分目」と言われております通り、どんなにその人の身体にとって良い食物であっても、ただたくさん食べれば良いというものではないことは言うまでもございません。

例えば、私の場合には、体操選手であったために、ウエイトコントロールについてはかなり気を使っておりました。そのためか他のスポーツ種目の人達に比べてずっと小食であったようには思います。しかしながら、先ほど申しましたように、食べ物の質という点からいえば、これはもうひどいものでありました。つまり肉を食べていれば力もつくし、スタミナもつくといった信仰めいたものがありまして、選手をやっておりました頃には、本当に毎日のように肉類中心の食事をしておりました。それでいながら、“いうよりはそれだからこそなのですが、前にも申し上げましたように、しょっちゅう風邪をひいていたのですから、これはもう笑い話にもなりません。

さて、これまでお話しいたしましたことを一口で申し上げますと、外界に

 

三十一ページへ続く

 

 

 


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