教育福島0142号(1989年(H01)10月)-031page

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対して能動的に働きかけていくようなアクティブな生活を送っていくために、そのエネルギーとなる食物をバランスよく、しかも腹六分から八分目程度に規則正しく食べるということになろうかと思われます。

食事の質及び量の問題と並んでもう一つ忘れてはならないのは、おいしく食べるということであります。おいしく、と言いましても、私が申し上げたいのは、料理の味付け云々ではなく、おいしく食べるという心の持ちかた、別の言い方で言えば楽しくゆったりとした気分で食事をするということであります。最近は世を挙げてのグルメブーム、あるいは健康食品ブームでありますが、たとえそうした類のものがずらりと食卓に並んでおりましても、それを実際に食べる人が、仕事や何かの不安などからくるイライラや、あるいは時間に追われて仕事の合間に機械的にざーっとお腹に流し込むといったのでは、これはもうどんな栄養価の高いものであろうと、そんなものはまさに身にならないものでありますし、ホルモン分泌の関係などから、消化器系にかえって大きな負担を負わせていることに気付くべきでありましょう。

さて、食べることによってエネルギーを得たからには、その燃えかすを身体の外に出さなくてはなりません。びろうなお話で恐縮ですが、食べる方には随分気を使っていらっしゃる方も、便通については意外と無頓着な方が多いようです。便といいますのは大変正直なもので、日によってその色や形、あるいは臭いに至るまでまさに千差万別であります。その日の内臓や消化器系の調子、あるいは運動の有無、はたまた精神的な状態などによって、その消化吸収の具合いも違い、したがってまた排泄されるものにもさまざまな状態があるわけでございます。まさに便通こそは、その人の健康状態のバロメーターとも言えるものであります。

プロ野球の元監督で知将と言われました三原修氏は、しょっちゅう自分の便を観察して、それによって自分の健康状態をチェックしていたというのは大変有名な話でございます。皆さんも食べ物についてばかり気を使わず、トイレで用を足しました後にも慌てて水を流したりしないで、たった今自分の身体から出てきたものを、ある懐しさを持ってしばし観察していただきたいと思うのであります。

さて、続きまして呼吸についてですが、そもそも呼吸というものは、自律的に行われておりますので、普段、私たちは意識的に呼吸をコントロールするというようなことはいたしません。

しかしながら、俗に息を引き取るとか、あるいは息を吹き返すなどと言われますように、呼吸は、われわれの生命と大変密接な関係があるわけであります。また、怒ったりイライラしたりすれば呼吸は自然と荒くあわただしくなりますし、逆に深く静かなものに呼吸をコントロールできれば、次第に心が落ち着いてくるといったように、呼吸は心とも深い関連があるわけであります。

先程、食べ物のところで「我食す、ゆえに我生く」と申しましたが、呼吸は食物以上にわれわれ人間の生命活動を支えております。このことにつきましては、後でヨーガの修行体系をご説明したり、午後の実技で実際にいくつかの呼吸法を練習していただく時に、もう少し詳しくお話し申し上げます。

次の、運動ということにつきましても、人間は生まれてから死に至るまで絶えず運動し続ける存在なのでありまして、ある人がまったく動かなくなってしまうというのは、その人が死んでしまったということを意味するのであります。もちろん、この場合の運動というのは、スポーツ的な運動のような狭い意味ではないことは申すまでもございません。

こうした呼吸や運動といったことを考えていくにあたって、現在の私には、どうしてもヨーガについてお話しをないわけにはまいりません。私がヨーガを自分の生活に取り入れるようになりましてから、まだ四年ほどにしかなりませんが、この四年間に様々な変化が私の体や心に起こってまいりました。

まず最初に申し上げたいのは、スポーツを通じてずいぶんと体を鍛えてきたにもかかわらず、しょっちゅう風邪をひいていたということはすでにお話いたしましたが、ヨーガを始めてからというものは、どういうわけかあれだけお世話になったお医者さまにもまた薬にも、すっかりご縁がなく今日に至っているのであります。

私がヨーガに出会った、もっと正確に申し上げれば佐保田鶴治先生と出会ったということですが、それは今から四年前の夏のことでございます。佐保田先生は、前にお話し申し上げました澤潟先生と同じ大阪大学の名誉教授で、ご専門はインド哲学でありました。先生は若い頃に肺の病気を患い、以来大学を退官されるまで、ついぞ健康面には自信が持てなかったそうであります。その間、様々な健康法を試したそうですが、これといって大きな効果がなかったものが、六十二歳の時初めてインド人からヨーガを教わってからというものは、めきめきと元気になられ、三年前八十七歳でお亡くなりになるまでの二十五年間というものは、一度もお医者さまのお世話にならなかった方でございます。

先生の素晴らしいところは、ただ病気にかからず長寿を全うされたというばかりではなく、大学退官後も精力的な活動を続けられ、数多くの著作を残されるとともに、日本におけるヨーガの普及に最期まで力を尽くされたことであります。

私が先生に初めてお目にかかりまし

 

 

 


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