教育福島0151号(1990年(H02)11月)-029page

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い言葉に、私は胸が熱くなった。

神経がすり減っていくような会話が毎日のように続く。しかし、それは、子ども達が心ごと、体ごとぶつかってくるからではないだろすか。うれしいことも辛いこともそのまま受け取り、子ども達にも豊かに返していけるよう成長していきたい……。

(保原町立保原小学校教諭)

 

情報化の中で

桜山三千男

 

タ化、多角・細分化された新しい時代が本格的に幕を開けたように感じられる。

 

テレビ電話・ロボット・リニアモーターカー・バイオ・新素材・VAN(付加価値通信網)・・・・・未来の夢がどんどん現実になる。従来の産業構造が崩れ去り、コンピュータ化、多角・細分化された新しい時代が本格的に幕を開けたように感じられる。

今年の夏休みにチャンスがあり、教育総合展・教育現代化ニューメディアカレッジセミナーに参加することができた。年々充実する教育面でのニューメディアのハード・ソフトがコンピューターを中心に一層革新が進んでいることに目を見張るものがあった。

十八年前、コンピュータとはどのようなものかも知らず、三か月の長期研修に出してもらい、帰校後の授業で教科書もなく『明日の教材はどうでしょう?このプログラムで、コンピュータが動いてくれるだろうか?』等毎日夜遅くまで紙テープにパンチして確認した上での授業展開で、冷や汗をかいたことが思い出される。

時は移り、入力は紙テープ、カード、OMR、OCRに、更にキーボード入力に変わり、技術革新と共に、コンピュータのメモリーは増大し、値段が安くなり、誰でもパソコンが持てる時代となった。

情報処理教育のハード面でも、一人一台のコンピュータの導入、和文タイプの授業が便利なワープロ教室に変わり、学校現場は大きく変化しつつある。

九十年国民生活白書でも取り上げているが、技術革新は人々の生活を大きく変えた生活革命でもあったし、情報化は生活の様々な分野にインパクトを与えるようになった。もちろん学校教育も例外ではなかった。

大きな教育界のうねりの中で、新しいタイプの高校ができたり、ある県では創意ある『教育課程』コンクールが公募されたり、教育ソフト開発互助会も県内で設立されている。学校内では、今まで考えられないような出来事が、毎日毎日形を変え発生している。対応に頭を悩ます日も多い。

最近インテリジェントビルを見学する機会があった。光通信網を使ってISDN(総合サービス・デジタル・ネットワーク)の商業サービスが開始されている。これによってファクシミリ・テレビ電話・テレビ会議など映像通信に対するニーズは高まり膨大な情報が送られている。さらに光ファイバーが各家庭まで敷かれると電話なら数億回線分が可能な『コヒーレント通信』が普及すると聞く、データベースの利用を含めて、これからの学校教育のあり方が、この辺に見え隠れしているのかもしれない。

実業高校に奉職している者として、これからどのような事を学び、教えていけば良いか、種々悩みながらも心楽しくなる昨今の時勢である。

(県立郡山商業高等学校教諭)

 

障害をもつK君、Y君と共に

津田みつ子

 

態であった。Y君は、ことばを発することがなく、多動で落ちつきがなかった。

 

四歳児、二十八名の中に障害児K君、Y君がいる。K君は、早産八か月、千三百十二グラムの未熟児で生まれ、身体が小さく、左手足が不自由で人に触れられれば転びそうな状態であった。Y君は、ことばを発することがなく、多動で落ちつきがなかった。

受け入れに当たっては、園長先生を中心に、全職員が協力し合い、園全体で取り組むことにしたが、不安で泣くだけのK君、どこへ行ってしまうかわからないY君に、どうにかしなくてはという思いが強く、ゆとりのない保育をしていた。

しかし、私の悩みとはうらはらに、クラスの子供達は、園生活にも慣れ始めた四月末頃からK君とY君に関心を持ち始め、K君が一人でトイレに行けるようになると、心配してついて行く子、Y君が飛び出して行くと迎えに行く子、二人のために椅子を持ってくる子、靴をはかせてあげようとする子な

 

 

 


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