教育福島0151号(1990年(H02)11月)-032page

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ど大きな拍手が沸きS先生もすかさず「きれいな声でとても上手だったわ」とみんなの前で褒めてくれました。「これからは新しい歌に入ったら、いつも一番先に靖ちゃんに独唱してもらいましょうね」と言うのです。ちょっぴり恥ずかしかったけれど、とても嬉しくて、その時の感激は今でも忘れることができません。また、英語の授業でこんなこともありました。突然指名され、読んで見なさいと言われ、震えながらも度胸を決め、音楽の授業の時を思い浮かべながら勇気を出して大きな声で読みました。するとA先生が「きみは発音はきれいだし、素晴しい読み方だよ」と褒めてくれました。ホッとすると同時に、信頼され受けとめてくれた先生への感謝の気持ちが胸いっぱいに広がり、言い知れない喜びと希望が湧き上ってくるのを感じました。

思えばS先生も私の内向的な性格をよく知って、人前での生活に慣れさせようと上手に引き立て、盛り立ててくれたのだと今になってつくづく考えています。その他にも私の脳裡に焼きついて離れない言葉があります。それは、朝礼の第一声でK校長先生が大きな声で必ず話した「やればできる」の一言です。この言葉やS先生、A先生の励ましが、私にとってどれだけ人生の生き甲斐となり、生涯の支えとなったことかわかりません。

このように、やる気のある優しい先生方に囲まれ引き立てられたお陰で今の私があるのだと感謝の気持ちで胸がいっぱいになる思いです。人間だれでも褒められ、やさしく支えられることは嬉しく楽しいことだと思うのです。

経験の少ない子どもたちにとって、励まされ褒められることは大きな満足感と自信を得、意欲を湧かせると同時にこれからやって来る人生の最大の糧になるものと強く信じています。

私は、こうした自分の尊い体験を基に、常に誠実で信頼される心を持って、子どもたちと接していきたいものだと、毎日の保健室での執務の中で考えています。そして、どんな時でも、子どもたち一人一人に対して気配りとやさしい心遣いを持ち、良きアドバイザーとして、心身の健康管理に努め、思い出に残る先生となるよう頑張っていきたいと思っています。

私を支え励ましてくれたS先生は、十年前に不慮の事故にあい、現在は車椅子の生活ですが、今でも強く生き、良き相談相手となって、私を導いて下さっています。人生の中で『良き師』を持つことの意義深さをつくづく味わっている昨今です。

(いわき市立小名浜第二中学校教諭)

 

『危険な情事』が怖い理由

荒木康子

 

鏡をバスロープの袖口でこすると、肩ごしに包丁を持った女の姿が映っていた。

 

蛇口をひねると勢いよくお湯が出てバスタブにたまっていく。立ち込める湯気。曇った鏡をバスロープの袖口でこすると、肩ごしに包丁を持った女の姿が映っていた。

ここから映画『危険な情事』のクライマックスが始まる。この映画はいわゆる、浮気(情事)を扱った映画である。先日テレビで放映されたのを再び見て、つれづれに思いついたことを書きとめてみた。あまりタイムリーではないがお許し願いたい。

場所はニューヨーク。ダンは美人の妻と六歳の娘、三人で平凡な家庭を営む弁護士。ある出版社のパーティーでアレックスと出会う。彼女は三十六歳、独身。ダンはその「男殺しのまなざし」の誘惑に束の間のあいだ身を委ね、彼女と二日間の情事を楽しんだ。そこまではごく普通の展開だ。

しかし、アレックスはただの女ではない。ダンが、アレックスとの情事をひとときの夢として精算しようと逃げ腰の兆しを見せるやいなや、彼女は鬼気迫る勢いでダンに愛を要求し始める。女が男を追い掛けるという構図が出来上がる。あとは坂道を転がるようにいっきに物語が展開していく。

アレックスの凄まじい復讐劇が始まる。男の車に硫酸はかけるは、娘の可愛がっていた兎を深鍋で煮るは、娘は誘拐するは…。

見る者はここでふと、この映画の持つ不可思議な魅力に気付くことになる。アレックスがなぜ、執拗なまでにダンを求めていくのか。観客にはほとんど説明されぬままに、次々と惨事が繰り広げられていくのである。

大抵の場合二人の人間模様を描きつつ様々な心の有り様を映し出すというのが、恋愛、情事ものの常道であろうが、ここにはその種の心理的なあやが完全に欠落しているのだ。アレックスとダンの間には無機質な人間関係が横たわっているにすぎない。それゆえに、展開される暴力の結末は、「死」という究極的な解決方法しか残されないことになる。この映画が怖いのはそれゆえであり、そこにこの映画の本質的なテーマがひそんでいる。浮気は物語を展開させるための単なる道具立てにしかなっていない。この新しい設定の中に、奇形に歪んだ現代の人間関係の有り方が透けてみえるような気がしてな

 

 

 


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