教育福島0151号(1990年(H02)11月)-038page

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いということで注文した訳です。

そんなことで、私はお城の中の建物としては非常にマッチしてると、自分では満足に思っています。

 

司会 館長さん、会津とのかかわりについてのお気持ちをお話し願います。

 

司会 館長さん、会津とのかかわりについてのお気持ちをお話し願います。

館長 私は徳一などという人をこの土地に引き寄せ、壮大な学問を生み出す風土に対し最大の敬意を表しておったのでございます。

それから、私は仕事をしながら好きな自分の性分に合った環境の中で生活できるとすれば、会津以上のところはないと思ってお引き受けした訳でございます。

司会 知事さん、これから館長さんに望まれること、何かございますか。

知事 はい、この博物館を見る度ですね、私は文化そのものだなって感じます。

それはこの博物館と会津に対する松平先生の思い入れというものが本当に出ている博物館でございます。私はこの博物館が百年、二百年後の人が見ても素晴らしいと思う建物だなと思います。

高橋先生の素晴らしさは、先生が歴史を生き生きと蘇らせ、我々の未来に対する考え方につないでくださっていることだと先生が担当されている金曜講座のテープを聞かせていただいて感じました。

そういう先生、あるいは学芸員、職員の方が立派に運営されていることを非常にうれしく思っています。

司会 この館の特徴をもう少し具体的に館長さんお話いただけますか。

館長 知事さんからおほめにあずかって本当にありがとうございました。

まず、この環境が天下の一、二を争う環境だといえると思います。向こうのお城は歴史のお城、博物館は現代のお城ということができます。

私どもの博物館は、館を見て外に立っているところからもう博物館になってるんです。中に入るとエントランスホールが広がっていて、余裕を持ってから展示室の方にまわっていけます。それから、ワンフロアでございます。そのため非常に空間が贅沢に使われていて、文化というのは心のゆとりだと実感いただけるはずです。

次に、実物主義というのが非常な特徴でございます。実物のすぐそばに行って見れる展示で、そこに信頼関係が自ずから表れているんです。

結局、展示という文化に接する態度自体、文化になっており、そのような雰囲気をゆったりとアットホームに出している博物館ということにおいて天下に自慢できると思います。

司会 福島県といたしましては、交通網の整備等、大型プロジェクト事業が進んでおります。これらは博物館とも関連があると思われますが、その辺、知事さんいかがでしょうか。

知事 私、地図で調べましたが、福島県は海と面している県としては一番数多い六つの県と接しています。ただ、多くの関、峠があり、会津盆地のように外部と閉ざされていたものがあると思います。

ところが、土湯峠、中山峠、大峠のトンネル開通、鬼怒川線・会津線の電化等で、特に会津を取り巻く状況が完全に五年前と変わってきておることを、まず頭に入れたいと思います。

そういう中で、磐越自動車道が開通した時に、会津は飛躍的に大変な変化をしてきます。それは新潟といわきがつながり、それが東京とつながって、日本海と大平洋を結ぶ大きな三角形が形成され、新潟も含めて日本海が重要になってくる時、いわきと新潟の中心に会津がある訳です。その会津が、フレッシュリゾートとして良好な環境、地域として発展し、その中に文化的な香りのするものがこの博物館であるということで、博物館の意義が非常に大きな意味を持ってくると思っております。

司会 知事さんのお話をお聞きになって博物館のこれからのあり方について館長さんからお話いただけますか。

 

 

 


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