教育福島0152号(1991年(H03)01月)-050page

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ふるさと探訪県指定史跡

長沼南古館

この城館は、長沼町大字江花の東部に位置し、江花川北岸の段丘上に築かれた中世の平館である。発掘調査により主郭(中心の郭)は東西約百メートル、南北約百十メートルの方形を呈し、幅約十五メートルの濠とその内側に土塁を築いたことが確認された。

また、主郭北東部に木橋、内部に六棟の建物跡と井戸跡、主郭北側と東側に四つの曲輪も確認された。

遺物も修羅(木製のソリ)、呪符、木器、陶磁器、刀・鉄鏃(鉄製のやじり)・銭貨などと多い。遺構・遺物から十五〜十六世紀と推定され、県内に遺存する数少ない中世平館遺構の貴重な例であるのみならず、遺構の保存状況及び出土品の量と質などにおいてもすぐれており、永く保存されるべきものと認められる。

所在地岩瀬郡長沼町大字江花五八九番地二〜七所有者長沼町

県指定重要有形民俗文化財

県指定重要有形民俗文化財

旧修験榊原家所蔵修験資料

旧修験榊原家はもと大蔵山金剛院円通寺(或いは観音寺、宝蔵院)と称し、古くは本山派聖護院に属し、又猪苗代の年行事職成就院の配下であった。

明治の神仏分離の時に天台宗比叡山に属し現在に至っている。現在、もとの霞に当たる檀家を猪苗代に持ち、昔のまま法印とも呼ばれている。古くは吾妻山に参ることが多かったが、飯豊山や出羽三山にも先達としてよく出かけたという。

居宅の一部奥座敷に檀を設け、本尊の不動明王を中心に諸仏をまつり、護摩壇などもほとんど完全に残っている。所蔵の資料も多く、かつての地域の信仰の面影をよくとどめている。

所蔵資料の内訳は、次の通りである。

一 仏像二六点

二 仏画十一点

三 護摩用具三八点

四 修験の衣・持物十点

五 その他の用具類十九点

六 版木・印類(版木四六、印十五)六一点

七 幣束類四点

八 文書記録類五六点計二二五点

所在地耶麻郡猪苗代町大字八幡字小原一〇一所有者榊原、源隆

ふるさとの文化財

ふるさとの文化財


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