教育福島0160号(1992年(H04)01月)-025page
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いと思うのである。
バスが目的地に着いた。別れ際に彼女から「先生、いつかあの頃のみんなと集まっておしゃべりしませんか」と言われた時、教職の道を選んだことの充実感とともに、すっかり成長した教え子の姿から「光陰矢の如し」という言葉が頭をよぎった。
(小高町立小高小学校教諭)
ライン引き
立石ひとみ
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「用具室の鍵を持ってきました。」石灰で体操着を真っ白にした男子二人が、職員室に入ってきた。
「ごくろうさま。六年生いつもがんばっているね。」と、先生方からあたたかい声がかかる。「今日もがんばっているなあ。」と、内心うれしく思う。
十月の半ばに、二日間にわたって行われた校内体育記録会。二日目は、下学年の記録会になっていた。
校庭のラインは、かすかに残ってはいるものの、走路がはっきりしない状態だった。そんな中で、下学年の先生一人が黙々とラインを引いていたのである。
教室へ行ってみると、子どもたちは、おしゃべりをしたり、読書をしたりしていて、窓の外の様子には全く気がつかないようである。
「おはよう。みんな、ちょっと校庭を見て。昨日は上学年の記録会だったから、みんなで準備をしたけど、今日の準備は誰がするんだろうね。」
しばらくの間、みんな沈黙していた。「一年生や二年生には無理だよね。」この言葉で、クラスの何人かは私が何を言いたいのか察しがついたようである。
「先生、ぼくたちラインを引いてきます。」と、T君が言うと、女子からも、「じゃ、みんなでやろうよ。」という声が上がった。
それから、みんなで校庭に出て二十分間。あっというまにラインを引くことができた。
仕事を終えた時、H君の「先生、いい記録が出っといいね。」と言った言葉がとてもうれしかった。「ラインを引いてきなさい。」と指示したのでは聞けない言葉だと思った。
教科の学習は少し遅れてしまったが、六年生として、下級生を思いやる心をもたせることができたのではないかと思う。
今までは、運動委員会の子どもたちが、教師に指示されて行ってきたライン引きだったが、この日をきっかけにして子どもたちは変わった。業間体育のある日には、六年生としての自覚をもって、自主的に、クラスみんなでラインを引くようになったのである。
ごくありふれた日常生活の中に、子どもたちに気づかせたり、考えさせたりして学ばせることがたくさんあること、また、その機会を逃がさずに、子ども一人一人の行動や心の動きを見守り、励ましを与えていくことの大切さを、あらためて考えさせられたできごとであった。
(郡山市立桃見台小学校教諭)
可能性を信じて
大塚文裕
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「先生、もうやっちゃくねえ。」
「そんなこといわねえで、もう一度やってみろ。」
初秋を迎えたある日のK君と私の宿泊訓練でのやりとりである。
K君は、私の学級の子供たちの中で、特に学習や体育に遅れがちな子供である。
宿泊訓練の準備や事前指導が順調に進んでいる中でも、私は心の中で「K君は、この二日間楽しく参加できるであろうか。」という不安を持ち続けていたことも事実である。
グループ活動、家庭を離れた宿泊等不安に思われる要素は多分にある。中でも二日目に予定されているフィールドアスレチックは、彼の体力面から考えてみると、最後までやり遂げられないのではないかと思われた。
幸いにも、一日目の活動はあまりハードなものではなく、K君にとっても、一つの活動をやり遂げたという充実感があり、いつになくすがすがしいK君の表情が印象的であった。
「これならば、明日のアスレチックも無事にやり遂げてくれるのではない
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