教育福島0164号(1992年(H04)07月)-026page

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おかしちょうだい

根内幅好

 

「入院してもらいます。手術した方がいいんだけど。」

 

「入院してもらいます。手術した方がいいんだけど。」

とある耳鼻咽喉科医院。扁桃腺炎で熱を出し、軽い気持ちでここを訪れた。生まれつき扁桃腺肥大で、子供の頃から年に二、三度はこれで熱を出し、もう慣れっこである。だから先生が「入院」と言った時、冗談だと思っていた。そんな大袈裟な。なのに、手に渡された紙切れは何度読んでも「入院必要品案内」

生まれた時から連れ添っている、結構愛着のあるヤツであるからして、引き離すことはやめてほしいとお願いし、「入院」の方だけしぶしぶ承知した。

車に乗っていて、前を走る車に幼い子供を認めると、つい手を振ったリベロベロバーをしてしまうのが、教師の性である。車でなくとも、病院のベッドの上でも、子供を見つけては無意識に手を振ってしまう自分に思わず苦笑する。子供を見ているととても楽しい。入院していると、それが唯一の安らぎとなった。

鈍い銀色の光を放つ治療器具、一面に漂う薬品の匂い、気分を重くする診察室さえ子供の目にはジャングルだ。治療器具からぶらんと垂れ下がっているゴムのチューブも、彼らにかかっては、ジャングルの木に絡まるつたでしかない。診察台は大木だ。女の子がつたを引っぱる。チラチラと横目で気にしながらも、忙しさに手が離せない看護婦さんには、女の子の笑顔はひどく残酷だ。「あっ。」診察を待っていた患者の日々から思わず声がもれた。「やっぱり、切れた。」皆、同じ思いで同じ所を見ていたのだった。皆の目がそこへ集中している間に、今度は男の子が空になった大木によじ登って、猿のようにはしゃいでいる。「危ないから降りなさい。」付き添ってきた父親も看護婦さんも、一応そう言ってみたものの、逸早く聞く耳持たずと判断した先生は、机の中からおかしを取り出し、こっちへおいでと誘いをかける。お猿さんは、すんなり餌につられた。

退院と言われていた日、近くでけたたましく消防車のサイレンがなった。同室のおばあさんが「火事は嫌だ。一度経験してるから。」と言った。私が一言「へえ。」と相槌を打てば、おばあさんはその話題であと一時間はしゃべり続けただろう。しかし、その一言が言えないほど、私は高熱に苦しんだ。病室はそれから二日間静まり返っていた。

入院して一週間がたった。学校の子供たちに会いたくてたまらない。早く治して退院したくて、むずむずしている気持ちを何とかしたくて、診察の時私は思い切ってこう言った。

「先生、私にもおかしちょうだい。」

(県立会津養護学校教諭)

 

心に残る言葉

内藤百合子

 

暑い夏が来るたびに思い出す言葉があります。

 

暑い夏が来るたびに思い出す言葉があります。

就職して二年目の夏休み、私は、心室中隔欠損症の手術のため、福島医科大学附属病院に入院しました。健康だけが取り柄の私でしたが、レントゲン検査で心肥大と判明、精密検査の結果、左心室と右心室の壁に穴が開いていて、このままでは、出産などの場合心臓に負担がかかりすぎ、危険であると言われたのでした。

この手術は、心臓病の中ではごくありふれたもので、成功率も百%に近いと言われています。

しかし、これまで病気などしたことのない私にとって、また、そんな娘を持った両親にとっては、手術をするということだけでも不安は大きかったのでした。特にこの病気が先天性のものであったことから、母は、自分に責任があると思い込み、あれこれ思い悩んでおりました。

手術の前日、担当医の星野先生から、手術について具体的な説明を受けました。わかりやすく噛み砕いて方法や手順について話してくださいました。それでも、不安が拭いきれないでいた私たちの気持ちを見通されたのか、穏やかな面持ちでこうおっしゃったのでした。

 

 

 


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