教育福島0185号(1995年(H07)02月)-022page
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用いた筥迫が入っていたのです。筥迫とは、女の人が婚礼などの礼装の時に懐に挟む装身具のことです。赤糸や金糸が織りなす模様は、輝いて美しく、それに付ける銀の飾りは簪のようで、幼い私の心をとらえて離しませんでした。
冬のある日、実家に帰った私は、母の箪笥の中にあの桐の箱を見つけました。懐しくなり開けて見ると、幼い頃に見たあの輝いて美しい筥迫は、すっかり色あせて純い輝きと化していました。私は歳月の重みと同時に色あるもののはかなさを感じました。しかし、じっと見ていると幼い時に見た輝いて美しいあの筥迫がよみがえってきました。色あせた筥迫になりましたが、私のノスタルジアはそこにありました。
私たちは、とかく見えるものに捉われがちですが、その本質は見えないものにあると思います。「心」もその一つのように思われます。
私は、教育という仕事を通して多くの人の心に出会うことができました。その中でも忘れられないのは、S先生との出会いでした。私が一つの仕事を終えて、満足感と自負心に満ちていた時に、S先生はご自分の実践の一端を話してくださいました。
私は、はっとさせられ、興奮と感動を覚えました。それは、S先生の深い思いに支えられたものでした。日頃何気なく見たり接したりしていたS先生の人となりに、色あせない人としての魅力、教師としてのすばらしさを知ったのでした。顔や体、衣食住については、歳月とともに変わっても、見えないもの−−「心」は、美しく輝いているのです。
これから子供たちと接していく中で、子供の心を少しでも多く受容していく力を養い、私自身も色あせない心を持ち続けたいと思っています。
久し振りに実家に帰った私に、母はあの筥迫を持たせてくれました。母の心に思いを巡らせながら、雪の安達太良山を後にしました。
(福島市立福島第一小学校教諭)
ピンチヒッター
菅野ひろ子
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新幼稚園教育要領が実施されてから五年になる。一人、一人に応じた指導を大切にする努力をしているが、実際の保育の現場では、まだまだ悩みが多い。
男児が二グループに分かれて、砂場で山を作って遊んでいる。山はどんどん高くなっていく。自分の身長と比較したり、後ろにさがって見比べたりしながら、高さを競い合っている。山と山とを川でつなぐアイデアが出る。いつの間にかグループは一つになって、手を使う子、シャベルを使う子、スコップを使う子、一輪車を持ちだす子………。楽しく語らいながら、遊びは進んでいく。私は、子どもたちの話しかけや問いかけに答え、共感しながら見守る。一方、私は砂場のすみで穴を堀っては埋め、埋めてはまた堀り、同じことを繰り返している丁君の姿が気になる。
園庭の中央では、他のグループがダンボールのベースを使って野球ごっこをやっている。女児の数人もチアガールになり、声援を送っている。かがて野球は、三対二の接戦になる。一発逆転のチャンスである。
「ピンチヒッターだ。」
と、誰かが叫ぶ。続いて、.
「T〜君〜。」
と、声がかかる。野球グループの子どもたちは、歓迎したようすではなかったが、丁君は言われるままに、バッターボックスにとびこむ。第一球目だ。丁君は力いっぱいはじき返す。ホームランだ。三対三の同点。
「やった−−。やった−−。丁君すごい−−。すごい−−。」
仲間から大きな拍手を受けて園庭を走る丁君は、笑顔でホームベースを踏む。
このことがあった翌日、母親は次のようなことを話してくれた。「家の子は、野球が大好きなんです。お父さんが仕事から帰ってくるのを待って、毎日のようにキャッチボールやパッティングの練習をしているんです。この時間が、子どもにとっても親にとっても楽しいひと時のようです。たまには私も、メンバーにされることもあるんですよ。」
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