教育福島0186号(1995年(H07)04月)-025page

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いた自分にとって、唯一、ちょっと自信の持てる分野だった。

さっそく練習を始めたが、特設部である駅伝部は朝の練習が主体であった。だが、そこで一つの問題が生じた。主力選手の一人、二年生のS君は、学校から十数キロ離れた長泥地区に住んでおり、スクールバスで登校していた。バスで来たのでは朝練習は出来ない。そこで、私が車で迎えに行き、朝練習に参加させることにした。その日から毎朝、学区内の約三十キロのドライブをしてからの通勤が始まった。S君は、家から私が迎えに行く場所まで約二キロを走ってきて、休むことなく練習に参加した。私もかなりきつかったが休むわけにはいかなかった。そんな努力が実って、南相馬郡の大会で初優勝し、県大会に出場した。

翌年は、飯樋中学校として最後の年である。というのは次年度から村内のもう一つの中学校と統合し、新たに飯舘中学校が開校することになっていたからだ。有終の美を飾ろう、そんな思いが一つになって練習にも一段と熱が入った。相変わらず、毎朝のドライブは続いていた。そして迎えた郡大会は独走で二連覇、県大会でも一区のS君が六位と好スタート、その後順位を落としたが、アンカーのK君が八位から五人抜きを演じ第三位となり東北大会出場を果たした。応援に来ていたS君のお兄さんに「先生、やりましたね。」と声をかけられても感激で返答ができなかった。その後も三年間、飯舘村に住み、その間に始まったふくしま駅伝にも、飯舘村チームの一員として生徒と一緒に参加させてもらった。

自分のようなものでも、何とかやっていけるのかな、そんな気持ちにさせてくれたこの地は、私の教員生活の原点であり、ここで教えられたことを心に刻み、今も生徒と一緒に走り続けている毎日である。

(本宮町立第二中学校教諭)

 

「ミカンせいじん」との日々

亀岡亮一

 

した。現在職員室の机上に置き、主としてワープロや成績処理に利用している。

 

今年の一月、以前から欲しいと思っていたパソコンを購入した。現在職員室の机上に置き、主としてワープロや成績処理に利用している。

ところで最近のパソコンには、「スクリーン・セーバー」という機能がある。これは画面の焼き付きを防止するために、一定時間操作がないと、動くものを「何か」表示させておく機能なのだが、最近ではさまざまな人気キャラクターを使ったものまである。「ミカンせいじん」もその一つで、フジTVの番組に登場した、ミカンの姿をした謎の生き物である。

何とこのミカン君、時間とともに成長するのである。作業の途中で授業に出かけている間など、ずっと画面の中を駆け回っているものだから、前を通りかかる先生方は、「何これ?」と不思議そうに画面をのぞき込んだり、「あ、また大きくなってる!」と、我が子の成長を楽しむかのようにほほ笑んだりと、今や職員室のマスコット的存在である。

以前は近寄り難いイメージのあったパソコンだが、このように素人の先生にも「おもしろそうだ」と興味を持ってもらえる程、日常的な機器となりつつある。本校でも今年度から最新鋭のパソコンが導入されたのをきっかけに、生徒はもちろん先生方の間でも関心が高まってきている。この機会にと「パソコン同好会」を発足させたところ、予想以上に部員が集まり、改めて生徒のコンピュータへの関心の一高さに驚かされた。

しかしながら今までの学校では、せっかくパソコン室があっても生徒がいたずらしたり壊したりするのを恐れるあまり、部屋に厳重に鍵をかけ生徒をパソコンから遠ざけていたところが多いと聞く。確かに高価な設備であり、いいかげんな管理をするわけにはいかないが、せっかく興味を持った生徒たちが接する機会を奪ってしまっては何にもならない。

そんなわけで、本校では放課後パソコン室を解放し少しでも多くの生徒に触れてもらおうと考えている。パソコン同好会の生徒は現在、そのインストラクターとなるべく様々な操作を楽しみながら勉強中である。正しい知識と操作方法、失敗したときの対処法を教えておけば、授業でパソコンを使うときなど、この生徒たちが動いてくれることでどれほど授業がやり易いかと思う。数カ月後には、逆に先生方に教えられる程にまでなってくれればと期待している。

国際観光科も二年目となった今年が本校のコンピュータ元年とならんことを願いつつ、「アハハ、アハハ」という声とともに能天気に駆け回る画面の中のミカン君を眺めては、心を和ませる今日この頃である。

(福島県立猪苗代高等学校教諭)

 

 

 


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