教育福島0186号(1995年(H07)04月)-026page
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出会い
川崎和子
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春、新年度の始まりである。今年もいろいろな場で様々な出会いが繰り広げられていることと思う。
年度末の三月、時と場を異にして三人の若者と出会う機会があった。
三人ともわたしが教職についてまだ二、三年で、何も分からず夢中で過ごしていたころ、小学生だった。わたしのことを覚えていてくれたのだろう。
「川崎先生ですか。」
となつかしそうに声をかけてくれた。
一人目は病院のロビーで、フレッシュマンらしいスーツ姿の好青年だった。
「先生は担任ではなかったのですが、叱られたことがあって覚えています。」
と言われ、何だか申し訳なくて、
「それはごめんね。」
などと、十数年経ってから謝ってしまった。
二人目は遊びに行ったボウリング場で、かわいい赤ちゃんを抱いたヤングママだった。
「先生、久し振りです。覚えていますか。私は二十四歳になりました。」
初めて高学年を担任した時に、言うことを聞いてくれなくて、わたしを困らせた子だったのに…。赤ちゃんを抱いて夫婦で楽しそうにボウリングをしている姿はとても幸せそうに見えた。
三人目はなんと職員クラブの送別会の会場で、お酒や料理を運んで来たかわいい仲居さんだった。
「先生には兄がお世話になりました。春休み中、ここでアルバイトをしているんです。兄も大学生です。」
「お兄さんによろしくね。ここでよく人間観察をして勉強するのよ。」
と笑って別れたのだった。
たて続けに出会ったさわやかな三人の若者たち。おそらく三人とも小・中・高・大とたくさんの先生たちと出会っているはずであるが、その中で、担任ではなくても覚えていてくれたことや、気軽に声をかけてくれたことがとてもうれしかった。と同時に教師という仕事の持つ責任の重大さについて考えさせられてしまった。
人は何年経っても、あの時、あの先生にこんなことを言われた、あんなことがあったと覚えているものである。
今まで出会った子どもたち、これから出会うであろうたくさんの子どもたちに何年経ってもいい意味で覚えていられるような、そして気軽に声をかけられるような先生になれるように、出会いを大切にして更に精進しなければと考える今日このごろである。
(福島市立庭坂小学校教諭)
本物へのこだわり
佐藤政亮(まさすけ)
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「最後に右目を入れると完成だよ。」
今、子どもたちといっしょに大仏づくりに取り組んでいる。「実物大の大きさの大仏を造ろう。」ということで一週間がかりで取りかかってきた。白模造紙六十三枚分、そして絵の具をバケツにとかして染める。三十五名の子どもたちで取りかかってもなかなか進まない大事業である。いささか鋳物工場さながらである。(当時の技師の苦労に少しでも近づけたのではないかと、勝手な解釈をするが…。)
新しい学校で六年生を受け持った時、必ずこの作業を行い、できた大仏を校舎に掲げる。その大きさに造った(描いた)子どもたち自身が驚くのである。教室では体感できないものである。
見学学習ができない場合がある。その時は教室に実物を持ち込む。自動車工場の単元では、エンジン、ハンドルなどを分解してそのしくみを確かめた。ある製鉄所から石炭・鉄鉱石を送ってもらい、原料のにおいをかいだり、固さを確かめたり、又水産業の学習に出てくるマグロ、カツオを三枚におろして食べさせたりもした。その他、青函トンネルの石、地引き網・浮き、印篭、石うすなど実物として活用した。
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