教育福島0191号(1995年(H07)11月)-026page
中学時代不登校だったA君が進級できた。担任のB先生が、日々のホームルーム活動の中で級友との心のつながりを深めさせながら援助してきた成果である。私もA君のクラスの授業を担当しているが、A君には他の生徒と同様にふつうに接するようにしている。無為無策と非難されそうだが、現在の私の立場と能力を越えない最良の援助と考えている。
心は、植物のように育っていく。植物は、動物のようにしつけたり、学習させたりできないのである。A君の心は成長し、都市で生活する植物のようなたくましさを少しずつ備えつつある。そして今、A君は修学旅行という未知の課題を乗り越えようとして苦闘している。
(県立福島農蚕高等学校教諭)
命あるもの
庄司久子
「さようなら、今度は大きなカエルになって、もどってきてね」
六月二十日、その日は朝から小雨が降っていた。その雨が霧のようになり、校舎一面が白く包まれたとき、突然、小さなヒキガエルたちは群れをなし、学校の池から山へ向かって移動し始めた。小さなカエルたちが帯状になって山へ向かう神秘的な状況を、一年生をはじめ、全校児童がかたずをのんで見守った。
私の勤務する安達太良小学校は、安達太良山の中腹に位置している。ここで、現在一年生を担任している。
校庭にある小さな池では、毎年不思議な生命の営みが展開される。四月末になると、たくさんのヒキガエルがやってきて、産卵をする。
このヒキガエルと子どもたちとの関わり合いから、私自身考えさせられたことがあった。
朝、学校に来ると、子どもたちはまっすぐに池に行き、オタマジャクシをみつめる。生活科の時間にオタマジャクシを観察するときも「いつまでもみているとかわいそうだよ」と、すぐに池に帰してやる。
ところが、自然はきびしい。天気のよい日が続くと側溝にはみ出したオタマジャクシはひからびてしまう。また、池ではコイがオタマジャクシを食べようとねらっている。子どもたちは、オタマジャクシを守ろうと知恵を絞った。晴れた日には側溝にホースで水を流し、コイに食べられないようにと「コイ係」を作り、毎日餌をやった。「つかまえて、水槽に入れて飼おうよ」という子どもはだれもいなかった。この事実に、私はただ驚くばかりであった。
私のこれまでの生活科の授業をふり返ってみると「生き物と仲よしになろう」と虫を捕ってきては教室で飼った。「春をみつけよう」といっては草花を無造作に手折って遊んだ。ところが、今、自然に対する人間としての在り方について、根底から問題提起をされたのである。
自然は人間のためにあるものではないことや、人間の生存は動植物の犠牲の上に成り立っていることは分かっている。しかし、人間は自然に対してあまりにも無神経で自分本位ではなかったか。このような人間の傲慢さが、今、深刻な環境問題を引き起こし、人間の生き方や在り方、自然との共存のあり方が問われているのである。
オタマジャクシと共に成長していった一年生の子どもたち。この子どもたちにとって、オタマジャクシはまさに、自分たちと同じ「命あるもの」になっていた。今、あの小さなヒキガエルが冬ごもりを前に再び学校を訪れている。
(二本松市立安達太良小学校教諭)
二つの道
菊地俊明
「二つの道が見えます。君なら…どうしますか」
これは大学時代のゼミの最中、教授が私に投げかけた命題である。唐突な問いに、答えるよすがもなかったが、今だにこの言葉が心の片隅に残っている。
私の通勤路は二十五キロ、毎日四十分余りの道程である。国道六号線を南下、山あり川あり、そして海。季節の香りを運んでくれる。頭の回転の鈍い私でも、この時ばかりは様々な思いがよぎり、アイディアが