教育福島0193号(1996年(H08)02月)-020page
含めて、このことを積み重ねることの大切さを、全国大会という成果で私に教えてくれたから…。
そして先生方や保護者の皆さんがそんな子供たちの姿に、本当に心からエールを送ってくれるから…。
また、私自身へのおごりへの「戒め」でもあるから…。
今後も、全国大会で得た数多くの経験を大切にし、指導に生かしていきたい。
(原町市立原町第一中学校教諭)
凧に夢を乗せて
松本優子
湯ノ岳山を前に臨み、大きなケヤキの木に守られるように建っている古い園舎。保育室、ホール、小さな職員室に和室。これが今私の勤務している幼稚園である。
私がこの幼稚園に赴任してきた当時、公民館の活発なサークル活動がこのホールと和室で毎日行われていた。園庭で園児たちが遊んでいると笑顔で声を掛けていくおじいさん、おばあさん。民謡、カラオケ、ダンス音楽、それらの音が園児たちの声と違和感なく調和し、慌ただしい毎日の生活には感じられない何とも言えないホッとする空間がここにはあるように思えた。そして、ホールの正面には畳二枚程もあるような大きな凧が飾られていた。
例年、冬に園児たちと凧揚げをするが、頬を真っ赤にし夢中で走っているにもかかわらず、思うように揚がってくれず悪戦苦闘の連続。凧を揚げることは難しいとすっかり諦めていた。そんな時、公民館で凧作り活動をしている「絵凧の会」の人たちに出会ったのである。
ある年の冬、凧揚げを園児たちに見せてほしいと頼んでみた。凧の会の人は、立体的な鶴凧を持って来てくれ、凧は風が吹いていれば走らなくても揚がること、糸の引き方が大切なことなどを園児たちに話した後、鶴凧を見事に空高く揚げて見せてくれた。青空高く揚がった凧は、まるで本当に鶴が大空を悠々と飛んでいるよう…。「わあーすごい」園児たちの歓声、拍手、すっかり凧の魅力に取り付かれた瞬間である。
翌年は、凧の会の人たちの指導を受け親子凧揚げを実施。日本各地や世界各国の珍しい凧を見せて頂き、糸目のつけ方、揚げ糸の引き方の指導を受け、いよいよ自分たちで作ったビニール凧揚げの開始。
強く凧が引っ張るときには少しずつ糸を緩め高く揚げてやり、凧が元気なく落ちてきそうになったら糸を引き寄せ凧に力をつけて…。揚がった、揚がった。園児たちもお母さんたちも夢中。勿論私もである。
凧は風を受けて広い大空を気持ち良さそうに高く高く揚がっていく。
凧揚げは子育てに似ているようだ。落ちそうな時だけ力を入れて糸を引けば良いのである。私たちは、思いどおりに揚げようと必要以上に強く糸を引きすぎてはいないだろうか。
公民館が新築移転し幼稚園と離れた今でも「絵凧の会」の人たちとの交流は続いている。
今の私の夢、それは園児たちの凧を全部つないだ連凧を揚げること。
園児たちの夢を乗せてグングンと高く高く、大空高く…。
(いわき市立藤原幼稚園教諭)
初心に返って
星富美子
音楽教師になったばかりのころ、未熟な指導技術のため、曲をまとめるにも、生徒と試行錯誤するばかりで、仕上がった曲も、本当に拙い演奏だったと思います。しかしあのころ生徒との触れ合いの中で、音楽に取り組む生徒の純粋でひたむきな姿に教師として感動を覚えたことがいく度かありました。
中堅教員と呼ばれる年齢となった現在、今までの経験から授業のテンポや、教科の進度も予測できるようになってきました。週一〜二時間という貴重な授業時数を確保し、加えて教科の目標を達成しなければならないという使命感も、時として焦燥感となります。そのため、ともすると指導内容だけが先行して、いつしか教師側の要求課題にのみ偏った授業のパターンになってしまっていたように思います。
さて、今年も校内合唱祭が先生方の協力を得て無事終了しました。その間、私は音楽教師として多くのことを生徒から学びました。それは、合唱祭そのものは表面に見える活