教育福島0195号(1996年(H08)06月)-009page
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(3) 児童生徒観
そこで、児童生徒をどう見るかと言えば、まず、「どの子もできるようになりたい。わかるようになりたい。という思いや願いをもっている」ととらえるべきである。もちろん、目の前の児童生徒一人一人を思い浮かべてみると、すべての子どもがそうだとは言い切れない。しかし、小学一年生のときは少なくともそうであったはずである。今、そうでないとすれば、その子は、どこかで何らかの影響でかわいそうにも、あふれる興味・関心や何でもやろうとする、自分でやりたいという思いを捨てさせられてしまったのだ。それは、学校にも、家庭や社会にも責任があるのである。
学校そして、家庭や社会がともに考えていかなければ、生き生きとたくましく生きる児童生徒の育成は至難である。
(4) 新しい学力観に立った生徒指導
学業指導においては、児童生徒一人一人の実態をよくとらえ、その実態に応じた対応をすることが大切である。すなわち、新しい学力観に立った学習指導の充実である。
そしてまた、人間的なふれあいのある学習指導である。この二つは同根であるが、教師は、一人一人がどのような思いや願いをもっているのか、何に悩み、何に関心を示しているのか。
事細かに気遣う心が必要である。すなわち、困っているような様子が見えたら、
「どうした」
「顔色がよくないな」
と額に手を当ててみたり、
「保健室に一緒に行ってみよう」
と連れて行ったり、常日頃からの当たり前の言葉かけ、気遣いが大切なのである。
あるいはまた、「それはよくまちがうんだ」
「ああそれは先生が悪かった。仕方がない。注意しなかったもんな」
「いいぞ、そのちょうしだ」
「そのやり方でいい」
「よくがんばったな。えらい」
「そこまで考えたかすごい」
もちろん、明るい表情のときには、
「おお、何かいいことがあったな。何があったのかな」
「よくわかったな、よくできたな。これは難しいんだよ」
などという、承認、励まし、称賛が大切である。一方児童生徒同士でも、他人の欠点などをあげつらう事よりも、互いのよさに気付かせるようにすることに配慮することが大切である。
しかし、悪いことをすれば厳しく注意し、時には叱ることも大切である。承認、称賛もあるが、不正があればそれはいけないと教えてあげることがその子のためにも大切なことであり、そういう場合は厳しく対処しなければならないことは言うまでもない。
2 学校と家庭・地域社会の連携
(1) 学校教育の理解を深める
今、各学校が行っている教育活動の内容を、保護者はどのくらい理解しているであろうか。おそらく意外と理解していないと思われる。多分、各学校の教職員がこのくらいはと思う半分くらいではないだろうか。それは「学校教育は学校に任せておけばいい。わからなくたってある程度きちんとやってくれる。教育委員会もあるし、PTAもある」という信頼感もあるだろうし、わかったからといってもどうということもない。あるいはまた、自分たちも小・中学校生活をしてきたんだ、そんなに変わっちゃいない。という思いもあるだろう。
(2) 意見や要望を聞く
子供たちの将来のこともあるし、マスコミの話題も豊富なので、保護者の学校教育に対する関心は高い。
各学校では、保護者の学校教育への理解を深めるため、授業参観や懇談会、あるいは学校便りなどいろいろな方法を講じている。しかし、それでも学校からの一方向的な説明に終始しがちである。
これからの学校は、もっと地域に開かれた学校でなければならないとはよく言われることであるが、学校をよく理解してもらう努力を一層進めるべきである。教育目標や教育内容・学校教育の現状、成果や課題等々について、可能な限り知らせるとともに、保護者や地域の方々の要望などを十分に汲み取る必要がある。もちろん、それらをすべて、受け入れなければならないというものではない。要望や意見を参考にしながら、各学校の教育目標の具現を目指し、よりよい教育の実現を図っていけばよいのである。
(3) 家庭・地域社会の教育力
生徒指導についても現状と課題について、できるだけ保護者に知らせることである。その上で、学校として今力を入れて取り組んでいること、学校で指導すべきこと、家庭や地域で気をつけてほしいことなどを含め、学校と家庭のそれぞれが果たすべき役割などを理解してもらえるよう啓発を行うことが大切である。学校教育すべてに言えるのであるが、特に生徒指導については、学校と家庭、地域社会が一丸となって取り組むことが、最も効果があがるのである。逆に言えば、それらの連携
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