教育福島0196号(1996年(H08)07月)-035page

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運命……そして勇気

福島県立盲学校校長

丹野功

 

度が軽くても、表情の暗い人がいますし、重くても、明るい表情の人がいます。

 

我が子の障害の程度が軽くても、表情の暗い人がいますし、重くても、明るい表情の人がいます。

障害があるというあるがままの事実をどう受けとめるかという事だと思いますが、親御さんの心の痛みを知り、指導に迷っていた頃に出会ったのが、「母よ嘆くなかれ」という本でした。

アメリカの作家であり、長編小説「大地」でノーベル文学賞を受賞したパール・バック女史には、障害のある娘さんがおりました。我が子に障害があると分かった時、「どうして私は、こんな目にあわなくてはならないのだろう」と、悩み続けました。

医者に、「よくて四歳程度以上には成長しないでしょう。奥さん、準備をなさい」と言われた時のことを、「私は、その時の私の感情を筆にすることはできません。同じような瞬間を通って来たことのある人たちには、言わなくても分かって頂けるでしょうし、また、その経験のない方々には、たとえどんな言葉を使ってみても分かって頂けないことなのですから……」と記述しています。

この世には、どうしても避けることのできない悲しみがあります。我が子に障害があることへの宣告も、その一つと言えるでしょう。

私も、子供の指導もさることながら、子供への深い愛情と絶望のはざまで生きている親御さんの指導では悩みました。出会った親御さんの多くの人は、「子供と自殺しようと思った」とか、「誰もいない離れ小島に行こうと考えた」と言います。そして、多くの人が、障害を乗り越え、子供とともに前向きに生き抜いています。

この本は、周囲の人の目や学校生活などを克明に描写しています。悩みながらも、娘さんと明るく、強く生き、母としての心情を吐露した、血のにじむような文章とその勇気に、心を打たれました。

 

本の名称:母よ嘆くなかれ

著者名:パール・バック著(松岡久子訳)

発行所:法政大学出版局

発行年:一九七三年九月一〇日

 

詩のこころを読む

福島県立坂下高等学校教諭

石澤美和子

 

出会った詩に導かれて求めた一冊が茨木のり子著「詩のこころを読む」でした。

 

諦めるしかないと頭では分かっていても、心がついていけない別れがあります。そんな時に偶然出会った詩に導かれて求めた一冊が茨木のり子著「詩のこころを読む」でした。

若葉がまぶしい頃でした。

『悲しめる友よ/女性は男性よりさきに死んではいけない』と、悲嘆にくれる友人への呼びかけで始まる永瀬清子さんの詩が目にとまりました。詩人の茨木のり子さんが『ずいぶん損な役まわりではあるけれど』『水がいっぱいでもちきれない壷を抱えてゆくような悲しみに耐え』『抱きとってゆく仕事も、たしかに女の仕事の重要な一部分なのだと、悟らされるのです』と評を添えていました。

爛漫の桜の季節に突然かけがえのない人を失った私の心に二人の言葉が静かに染み入って、痛みの幾分かが癒されていくように思えたのでした。

人はその時々の自分の心にしっくり寄り添って来るような言葉に出会った時に至福の喜びに浸れるものです。そして永くその言葉を大切にしてゆくものと思います。

あじさいの花びらのこぼれるころに届いたこの著書で茨木さんは『いまなお馥郁(ふくいく)とした香りを保ち、心を豊かにし続けている詩の中から忘れ難い数々を選び出し』『情熱こめて』詩の魅力を語りかけていました。そして、詩人が一番表現したいことを生かすためにバッサリ切り捨てた部分を、研ぎ澄まされた感性で易しく明快に補って、私たちを詩人の世界に誘なってくれるのでした。

それから十年になります。

この度は川崎洋さんの「海で」という楽しい詩をこの中に見つけました。また改めて、この一冊の魅力にひかれてゆきそうです。

 

本の名称:詩のこころを読む

著者名:茨木のり子

発行所:岩波書店

発行日:一九八八年六月一〇日

 

 

 


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