教育福島0202号(1997年(H09)04月)-028page

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「必ず学校へ来る」と信じながら更に家庭訪問を続けた。

ある朝、校門でA子の姿を見つけた。嬉しかった。本当に嬉しかった。苦しみながら闘ったA子、それを優しく迎えてくれた学級の仲間たち、心からありがとう。

(白沢村立白沢中学校教諭)

 

山への思い

佐藤伸也

 

ブナの原生林の中を山

 

ブナの原生林の中を山

スキーで一気に滑り降りる醍醐味と新緑の眩しさ。沢を登りつめた稜線で見る壮大な景色と高嶺の花の可憐さ。落ち葉を踏みしめながら眺める、紅葉と新雪の見事なコントラスト。吹雪の中のテント内で燃えるコンロの暖かさ。山は四季折々の楽しみを与えてくれる。

高校入学時、山岳部室の扉を叩いたのが、私と山との付き合いの始まりだ。「運動部には入りたいが、球技や格技のような厳しそうな部は避けたい」という気持ちと、「山=キャンプ=楽しい」という安易な発想からだった。ところが、一年生の夏、朝日連峰に四泊、飯豊連峰に三泊の連続一週間に渡る合宿は、そんな甘い気持ちを打ち砕くには十分過ぎ、まさに「きつい」「汚い」「危険」の三Kの元祖だった。

あれから二十五年。登山は、私の趣味というより生活の一部となってしまっている。わが子の名前にまで「岳人(たけと)」「直登(なおと)」と名付けた山バカだ。所属している山岳会の仲間と登ることが多いが、皆純粋な気持ちで山を愛しており、様々な職業の人々との山での交流は、普段の教員生活の中では味わえない新鮮な刺激がある。そして彼らは山だけでなく職場においても重要な人材として活躍している。仕事と家庭を充実させてこそ趣味が生きてくる。人生において、けじめと気分の切り替えがいかに大切かを教えてくれる。

教職に就いて以来ずっと山岳部の顧問をしているが、こうなると趣味というより仕事である。「教育者」として山に入ることになる。アウトドアブームとはいえ、辛いことは避けるという風潮からか三Kの部への入部者は減少傾向にある。入部の動機は私と同じ安易な場合が多いが、入部を契機に自然を身近に感じて、生涯にわたって山登りを続けてくれることを願いながら一緒に出掛けている。師弟の間柄とはいえ同じ釜の飯を食う仲間であり愛着が湧く。教室で絶対に見せない一面を垣間見ることも楽しい。

部活と趣味で一ヵ月に二回は山に入るが、体力の衰えも隠せない。週二回は、夜スポーツクラブに通って体を鍛えている。汗とともに仕事のストレスも流れ、気分爽快だ。山に対する情熱が、心身の若さを保つ秘訣でもあり、生きる上での糧でもある。

二十代でヒマラヤへ、三十代でモンゴル最高峰へと自分の夢を叶えてきた。さて、四十代ではどこの頂に挑もうか?山への憧れは果てしなく続く。

(県立郡山高等学校教諭)

 

心の交流を通して

庄司新一

 

市の親善訪中団員である生徒四十四名を引率し、中国を旅する機会を得ました。

 

昨年の夏、須賀川市の親善訪中団員である生徒四十四名を引率し、中国を旅する機会を得ました。

空路でシルクロードの起点である古都西安から旅を始めました。都市部へ向かうバスからは、黄土の畑がどこまでも続き、煉瓦造りの小さな民家が点在する風景は、まさに、大陸の風景です。ところが、都市部に近づくにつれ、道路の両側には長屋づくりの建物が建ち並び、あちこちでクラクションの鳴り響く音を耳にするにつけ、田舎との違いを感じました。(規則正しい日本の交通渋滞?とは異なり、一応信号機はあるのですが「勇気あるもの優先」で、どんどん交差点へ進入するためです)

旅の始めから、中国のスケールの大きさにすべてが圧倒され通しでした。例えば、二十数キロ四方もの大きい城壁の一部「西城門」、楊貴妃と玄宗皇帝のロマンスを偲ばせる華清

 

 

 


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