教育福島0207号(1997年(H09)11月)-025page

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きたい。

(県立福島北高等学校教諭)

 

わたしのPTA活動

大堀順子

 

q供の成長していく姿とともに、何かしらPTAにかかわった自分が浮かんでくる。

 

先日、中学三年生の長女が十五歳の誕生日を迎えた。月日がたつのは早いもので、もう十五歳かなどと考えているうちに、私とPTAとの関わりは何年になるのだろうと、思い起こしてみた。それは娘の年の三分の二の十年間にも及ぶものである。いろいろなことを思い出しているうちに、娘が小さい時の母親の私、小学生の時の母親の私、中学生になってからの母親としての私 。子供の成長していく姿とともに、何かしらPTAにかかわった自分が浮かんでくる。

子供を持つ母親にとって、社会参加するということは、とても難しいものである。私はその社会参加の第一歩としてPTAに参加した。それが広い意味でのボランティアに通じると、常々思っている。また、そんな小さな活動がひいては地域の文化の向上に少しでも役立てば、私たちの住んでいる環境を整え、子供に良い結果として反映してくれるのではないかと願っている。

さて、娘の中学校三年間における私のPTAの活動はどうだったのだろうか。よく、PTAの役員に参加することで自分自身が成長することができると言われるが、私の場合そんなに立派とは決して言えない。反省の連続であった。意見が分かれてなかなかまとまらないときなど、強行に採決をとらなければならないこともあった。

周りの人の気持ちを大事にして、お互いに心地良い関係を保いながら物事を良かれと思う方向に進めていくことの大切さ、大変さを思い知らされたような気がした。子供にとって社会性を育む第一歩は遊び相手との関係を保つことだと聞いたことがあるが、いくつになってもどんな集合でも同じことが言えると思う。その上で自分の伝えたいことをはっきりさせることが大事ではないだろうか。全体の調和なくして事は達成できない、と何度となく感じたものである。

来年の三月をもって私のPTA役員としての役割はとりあえず終わろうとしている。あっという間の三年間であったが子供たちと保護者の方々、そして先生方と共にいろいな場面に出合うことができたことはとても楽しかったし幸せな経験であった。私の長い人生において忘れられない思い出になることあろう。今までの思いや経験を踏まえながら、また違った社会参加を私なりにしていきたいと思っている。

(福島市立福島第二中学校PTA副会長)

 

教員生活八カ月を振り返って

後藤美穂

 

平成九年四月六日。

 

平成九年四月六日。

「どんな子供たちに出会い、どんな出来事が待っているのだろう」

不安と期待でこの日を迎えた。子供たちも同様で、学級担任の発表で子供の前に立つ私を見る三十三人の顔からは、新しい出会いに胸をおどらせる様子が見てとれた。素直で明るく、小さな体で私の話を一生懸命理解しようとしてくれる子供たちに囲まれ、

「こんな自分でも何とかやっていけるかも…」

そんな気持ちを抱きながら、私の教員生活がスタートした。

しかし、そんな安堵感も長続きはしなかった。一週間も過ぎると、子供たちも慣れてきてすっかり自分のペース。整列させようとしても、おしゃべりやふざけ合いに夢中で、時間だけが過ぎていく。やっと整列し、歩き始めればまたおしゃべり。

「早く。他の組は…」

言ってはいけない言葉と分かっていても、他の言葉が見つからなかった。

もう自分ではどうしたらよいのか分からなかった。そんな時の初任者研修の時間、先輩の先生に相談をした。するとその先生は、

「みんなならできるよ。できるからやってごらん。と言って励ましてごらん。子供たちの力を信じて送り出したら、きっと子供たちはがんばるよ」

と、アドバイスをしてくださった。その言葉を聞いて、子供たちを信じていない自分、子供たちのためでなく私自身のために何かをさせようとしていた自分に気が付いた。

 

 

 


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