教育福島0207号(1997年(H09)11月)-028page
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心に県内各地で公演をするなど子供の世界にふれ、仲間との結びつきを深めながら得るものは大きかったようです。
今、私の脳裏にはS子の転入当時の姿と私と同じ道を歩もうとしている姿が重なり合っています。教育を取り巻く現状は、二十一世紀を迎えて大きく変化していくことでしょう。そういう中で志を共にする教え子の姿に心から声援を送り、この道で一緒に語り合える日を待ち望む昨今です。
(郡山市立郡山第二中学校教諭)
恩師への手紙
森愛子
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藤垣先生、お元気でいらっしゃいますか。先生と共に白河女子高校を卒業させて頂いてから、はや六年が過ぎようとしています。
私は今、南会津郡の只見町にいます。念願の高校教員一年生です。
只見町というところは不思議な所です。学校での時間はあっという間でもあり、けれどもゆったりとした時間が流れているようでもあります。それは、只見川のゆったりとした流れや色とりどりの山々や花々に囲まれているからかもしれません。季節の移り変わりや、自然に、ただ圧倒されるばかりの私に、生徒たちが笑顔でここでの生きる知恵を教えてくれます。
今、教室からはまぶしいほどのオレンジや赤や黄色や 青空に反射して山々が只見町を暖かく包むように紅葉しているのが見えます。そんな風景と、生徒たちの笑顔を見ながらふと、自分の今までの、今日までの生活を懐かしく、とても懐かしく思い出します。
思えばずっと、弓道と出合ったあの頃からずうっと、私は「強くなりたい」、それしか頭になかったように思います。「強くなりたい」と、そればかりでした。先生は、そんな私に「自分の可能性に自分でストップをかけるな」と叱咤激励してくださいました。先生は「私」という人間をきちんと見て下さいました。だから、私は大学でもがむしゃらに弓を引き続け、七年間夢に見続けたふくしま国体への出場、優勝を実現することができたのだと思うのです。
そして私は、先生のような人間に、あたたかい「教師」になりたいと思うようになったのです。
今年、只見でこんなことがありました。倫理の課外中のことです。私は人間は何か一つ「自分の一番」を持てたら幸せなのではないかと、そんな話をしました。その後生徒がこう書いてくれました。「真の幸福は他人と歩むことによって得られるものだと思う」と。頭をガツンとなぐられたような気がしました。
藤垣先生、こんな、私自身が学べる教師という仕事は素晴らしいです。今まで強くなることしか考えられなかった私は、本当にやさしい人間になりたいと、心から思います。藤垣先生がしてくださったように、私も生徒にやさしい心を伝えていけたらと、生徒たちに学びながら行こうと、そんなことを今、考えたりしています。
自分の事ばかり書いてしまいました。先生もどうぞお身体にお気をつけて、お元気でいらしてください。白河の父と母も先生によろしくと言っておりました。また書きます。それではまた。
(県立只見高等学校教諭)
礼儀正しさ
佐藤公文
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「日本人は礼儀正しいと聞いていたが、人が話しているとき居眠りしていてもかまわないのか」
講演会が終わった後で何人かの英語指導助手から受ける質問の一つである。そのたびに「いや、人の話はちゃんと聞くべきで、良くはないのだが 確かにいるね」などと、いつも情けない返事をしてしまう。また、彼らは、授業中机に伏せて眠ってしまう生徒、そしてその生徒に注意を与えない先生にも驚いている。朝練から始まり、六時間の授業、生徒会の仕事、部活そして宿題と生徒の毎日の生活を考えると、まあ仕方がないかと、つい甘くなってしまうときもあるのだが、彼らにとっては信じられない光景なのだろう。
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