教育福島0211号(1998年(H10)06月)-040page
心に残る一冊の本
“宇宙からの発信”
前福島市立清明小学校長
荒晶子
おほしさんが ひとつでた
とうちゃんが かえってくる
三歳のひろし君が言葉にした心の内を、保母さんが書きとめたものです。ひろし君と、お父さんの温かな関係がほのぼのと伝わってきます。
『ひろし君にとってお父さんは大空に輝く希望の星なのです。夕ぐれの街角で、お父さんの帰りを待ちわびているひろし君の姿が、ありありと見えてきます。心の内の宇宙空間の見事さに感動します』と、心理学者河合隼雄さんは語っています。
彼の著書「子供の宇宙」に描かれている子供たちの感性の豊かさに圧倒されましたが、それにも増して河合さんのすばらしいコメントに深く心打たれます。子供の何気ないつぶやき、気づきを深く受け止め視とり、感じることのできる豊かな感性の見事さに胸が熱くなりました。
『子供は、いつも自分の宇宙から発信しているのに、キャッチできない大人によって圧殺されてしまうことが多い』
『子供が人の生き方を観察し、自分なりの価値判断をしていることに驚かされます。さみしい中でよく生きている人を、「えらい」と断定する中に、その子のやさしさに支えられた倫理観が感じられます。人間の倫理の本質をより明確につかんでいます。大人がごまかしの多い人生を生きている時に子供は澄んだ目でじっと見ています』と河合さんは語っています。
今、子供たちの問題行動が、社会問題として大きく取り沙汰されていますが、問題の背景には、子供たちを取りまく大人たちの対応の不適切さがあるように思います。子供に心を寄せ、彼等の心の動きほ感じとり、それを受け止め、共に悩み考え歩むための必読書が、「子どもの宇宙」だと思っています。
本の名称:子どもの宇宙
著者名:河合隼雄
発行所:岩波書店
発行年:一九九二年二月二〇日
本コード:ISBN 四-〇〇-四三〇二一二-九
かぜをひかないための「かぜのひきかた」
県立福島高等学校教諭
大和田修
なかなか売れないからかもしれないが、詩集は総じて値段が高い。この本などはたった六五頁しかないのに(十年前に買った当時で)一、六五〇円もした。しかし、小説などは二度三度と読むことはめったにないが、詩集は折に触れ何度も手にする機会があるから、気に入った詩集を買った場合は、結局、お得なのかも知れない。
仕事でくたくたになったとき、ベッドの中で読むものは、理解しようとか、解釈しようとか、批評しようとか考えることなく、スーッと心の中に入ってきて、疲れた体まで揉みほぐしてくれるものが一番である。あるいは軟弱と言われるかも知れないが、こんなとき、重厚長大、観念的かつ難解なものを読む気力や根性を、私は持ち合わせていない。ホッとする詩集が読みたくなる。
表題詩集の巻頭にある「ある日」という作品はこう始まる。
ある日
会社をさぼった
あんまり天気が
よかったので
わかる、わかる。詩的才能が皆無である私は、日ごろ自分では表現することのできない心の真実を、詩人に代弁してもらったことで、そこはかとない慰めと安らぎを感じる。
それはかぜではないのだが
とにかくかぜではないのだが
こころぼそい ときの
こころぼそい ひとは
ひとにあらがう
げんきもなく
かぜです
と
つぶやいてしまう
「かぜのひきかた」という詩の第三連である。職業がら生徒の顔が目に浮かんだりもするが、苦いユーモアの裏にある感情のリアリティーに、ついつい頷いてしまう。
こういう詩をときどき読むことによって、私はかろうじてかぜをひかずに過ごしている。
本の名称:かぜのひきかた
著者名:辻征夫
発行所:書肆山田
発行年:一九八七年五月十日
本コード:一〇九二-一一三二-三四二四