教育福島0213号(1998年(H10)09月)-027page
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カワガラスが飛び出す。放課後や休日は子供と虫採りに出かけた。沢で青い鳥が卵を抱いているのを見かけたのもそのころである。冬、雪道を歩いて本校へ行く道すがら、渓流に突き出た枝で羽を休めていたヤマセミは、双眼鏡の中で、こちらを見つめて微動だにしなかった。
中学校教員となってからは、野山に出る機会がぐっと減ってしまったが、西会津でアカショウビンの独特な声を耳にしている。市内の学校で文化部を担当することになり、鶴ケ城や青木山、ときには雄国沼や博士山に生徒と出かけたことが楽しい思い出である。
その後、会津盆地のへそにあたる塩川町では水田に舞い降りたアマサギを、近くの沼ではカワセミを観察したり、冬季は、タゲリの群れに出会ったりすることもあった。会津西部の金山町では、福島県初認といわれるブッポウソウの標本に出会うことができた。金山は鳥の多い土地で、早朝の川向いの山からはクロツグミの変化に富んだ美しいさえずりを、夜はフクロウ、トラツグミ、ホトトギスが鳴き交わすのを聞いたりもした。夏の朝、白い花一面のそば畑ではアオバトの奇怪な声がひびく。さらに、この地でコノハズクの「ブッ ポー ソー」を聞くことができたときは感動した。このことは一度だけであったが、文字通りの鳴き声で、まだ耳の底に残っている。
それぞれの土地には、その土地にあった種類の鳥類が生息し、生きるために、また、なかまをふやすために懸命の努力を続けている。子供が変わった、生活環境が変わったとはいえ、そういった自然のありようにふれあうことで、子供は目を輝かせ、本来の表情を見せてくれる。このごろは、なかなか鳥を見る機会をつくるのが大変だが、できるだけ子供たちを外に連れ出したいと思っている。
(猪苗代町立猪苗代中学校教頭)
パートナー
村上栄子
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授業で外国人英語指導助手(ALT)と組み始めて九年。学生時代、外国人と接する機会がほとんどなかった私にとって、初めてALTを受け入れた当時は、思うように意思の疎通ができないことのもどかしさに悩むことが多かった。
へき地にある前任校では、初めてALTを受け入れるため、契約手続きや身の回りの世話といろいろ経験させていただいた。
アメリカの大都会から初めて異国の、それも電車の通らない山村の地に赴いたEさんは、ホームシックにかかることも多かった。そんな彼女をわが家のホームパーティに招き、寂しさを忘れてもらうことも度々であった。私の両親を「日本のお父さん、お母さん」と呼んでよく慕ってくれた。
遠く離れて暮らす恋人への思いを話してくれたスコットランド出身のRさんは大の子供好きで、わが家の子供たちの遊び相手になってくれた。クリスマスにはるばる来日した彼女の恋人は、わが家でバグパイプを演奏してくれた。
「どうしてあんな失礼なことを聞くの?」と目を真っ赤にして訴えてくる女性ALTもいた。日本流セクハラへの戸惑いなど、同性としての悩みを聞くこともしばしばであった。
職場内の宴会や結婚式に、欧米のパーティやウェディングと違って出費が…などと勝手な先入観で判断して招待せずにいると、「私もスタッフの一人よ」と叱られたこともあった。
ALTが替わる度、良きパートナーとなるためにどう接したらよいかを考える。
相馬の野馬追いや盆踊り、わが家の正月やひな祭りなどに招待し、日本の文化の一端を紹介する。日本や日本人である私を理解していただくと同時に、異文化を持つ
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