教育福島0215号(1998年(H10)11月)-032page

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心に残る一冊の本

 

多読の愉しみ

福島県いわき海浜自然の家指導主事

鈴木三雄

 

アイバァンホー」などは小学校の頃から現在まで、何度手にしたかわからない。

 

一冊の本をじっくりと精読するというのが自分の長年の読書スタイルであり、読むジャンルもほぼ決まっていた。内容を知り尽くしていながらも読み返している本も結構な数があり、「アイバァンホー」などは小学校の頃から現在まで、何度手にしたかわからない。

一冊の本との出会いが、この読書傾向をすっかり変えた。今は、乱読、多読であり、文学作品から紀行文、エッセーまで片っ端からというような読書になっている。

「最後のコラム」鮎川信夫遺稿集。政治・経済・国際関係書等への批評、社会時評であり時代評。述べられている内容は多岐に渡り、小気味良いテンポで書かれている。「コラム」であるから時が過ぎれば、鮮度も落ちるし、意味も半減する。しかし、今もこの本を時々読み返すがあまり時代の差を感じない。題材は一昔前のものでもその批評が現代の他のものに当てはまるものが多いからであろう。詩人である著者のすぐれた時代感覚、平易で余計な文を省き、グイグイと論を推し進めていく構成は力強くしかも説得力がある。一遍一遍に小説に匹敵する味わいがある。

この本との出会いが、現在の読書スタイルへの変換になったように記憶している。いい本はどのジャンルにもいくらでもある。そう気付き、それ以後は、常に四〜五冊の本を並行して読み進むような読書方法が続いている。

人が読んでいる本を「あんな本」と考えることほどおろかなことはない。難しい言葉を使って話し煙に巻くことも誉められたことではない。この本を読むとそんな簡単なことに気付かない人がいかに多いかということにも目が向いてくる。この本は「ディズニーランド行」を書店で目にし、その中の「半端なインテリの言うことに瞞されてはいけない」という文があり気にいって購入したものである。痛快、世の中変わっていない。

 

本の名称: 最後のコラム

著者名: 鮎川信夫

発行者: 株式会社文藝春秋

発行年: 一九八七年三月十五日

本コード: ISBN 4-16-341210-7

 

児童文学の魅力

安達郡白沢村立和田小学校教諭

高橋智子

 

が訪れた時のときめきに似ていた。「不思議の国のアリス」との出会いである。

 

それは、ある日突然白馬に乗った王子様が訪れた時のときめきに似ていた。「不思議の国のアリス」との出会いである。

この二度目の出会いは、"Alice's Adventures in Wonderland"という原書であった。英語力の限界を感じながら辞書を片手に読み直していくと、そこには、本来の言葉が自由自在に動き回ることによって創り出される不思議な世界があった。例えばa cat witout a grin(にやにや笑いなしの猫)がa grin without a cat(猫なしのにやにや笑い)という見たこともない不思議なものに変わってしまうのである。まるで言葉の手品を見ているかのようである。このような出来事やものが次々と現れ、読者である私を楽しませてくれた。もともと本を読むということは、言葉が持つ意味を想像しながら自分なりに理解し、そこにある世界で遊び、楽しむことである。しかしこれほどまでに、言葉の脱線のおもしろさがある物語は、ほかにないのではないだろうか。

それまで「たかが子供が読む本」という思いがあった。しかし、前述の「アリス」の魅力に加え、作者ルイス=キャロルに視点を当てて作品の価値を考えると、この物語は単なる空想物語ではなく、そこに作者の内なる世界があることが分かる。当時のイギリスの社会への諷刺や批判をも読み取れるのである。私の児童文学に対しての偏見に似た固まった考えを、少しずつ融かしてくれたのが「アリス」なのである。

今、身近なところで、子供たちの読書離れが話題になっている。また、数年後には、小学校の総合学習で国際理解のために英語が取り入れられるとのこと。自分の子供時代とは違った世の中の流れにある今、どきどきわくわくするような児童文学にめぐり会うことは難しいかも知れないが、二十年前の私のように多くの子供たちが心に残る一冊の本に出会えるきっかけを作っていきたと考えている。

 

本の名称: 不思議の国のアリス

著者名: ルイス=キャロル 芹生一訳

発行所: 偕成社

発行年: 一九七九年

本コード: ISBN 4-03-550630-3

 

 

 


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