教育福島0217号(1999年(H11)02月)-039page

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文明はユートピアにつながるか

田島町立荒海小学校教諭

山本恭士

 

技術の発達など、それらは、私たちを真の幸せに導いてくれているのだろうか。

 

人間は、ユートピアを目指して文明を発展させてきた。複雑な政治国家、貨幣経済社会、速さと便利さを追求した機械、豊かな物質、生産技術の発達など、それらは、私たちを真の幸せに導いてくれているのだろうか。

文明、幸福、生き方についてじっくり考えさせてくれたのが、「パパラギ」であった。この本は、はじめて文明を見たサモアの酋長ツイアビの演説集である。その中で、私たちが信じてきた文明信仰が根底から否定されている。ツイアビは、曇りのない目でヨーロッパの文明を批評する。体を覆い肉体的にも精神的にも不健康にする「着物」を、日もなく光もなく風もない「家」を、人の心を人間のすべてを悪しきいざこざの中に引き込んでしまう「お金」を、自然の産物さえも私有財産にしてしまう物質主義を、時間を作り時間に追われる人々を、考えること覚えることを強要される社会を……。

この文明の中にどっぷり浸かっている私たちは、人間が本来持っている感性や価値観をどんどん失ってしまっているのではないだろうか。自然の中に、目の前に、何もしないことに喜びや幸せがあるのに、テレビに時間を費やし、遠くへ行くことが幸せだと錯覚し、忙しく働いて金を稼ぐこと、知識をつめ込むことが幸福をつかむことだと思いこみすぎてしまっている自分がいる。日本に生活し、文明すべてを否定して生きることはできないが、「漁に出て、家族分の魚をとったらそれで終わり」というサモアの人々の考え方を自分の生き方の根底におきたい。そして、何も考えずのんびりしたり、目の前のささいなことを喜んだり、山の中をただ歩き回ることに、自分の呼吸に合わせてのんびり走ることに幸せを感じて生きてみたい。

この本は、頑張らなくちゃと張りつめていた精神の糸を少しゆるめてくれた一冊であった。

 

本の名称:パパラギ

著者名:ツイアビ 岡崎照男・訳

発行所:立風書店

発行年:一九八一年四月三十〇日

本コード:ISBN 四-六五一-九三〇〇七-七 C〇〇九八

 

グリム童話のおもしろさ

県立美術館主任学芸員

荒木康子

 

ているグリム童話は、本来のお話を子供向けに味付けし直した物語だったのだ。

 

「赤ずきん」などでお馴染みのグリム童話。ドイツのグリム兄弟が、十九世紀に収集した昔話を童話集として出版したものだ。今でこそ童話の古典だが、初版を出版した当時の評判は思わしくなかった。性にまつわる事柄や残酷な場面があって子供には向かないというのである。そこで、彼らは版を重ねるごとに手を加えていった。私たちが知っているグリム童話は、本来のお話を子供向けに味付けし直した物語だったのだ。

昨年からのちょっとしたグリムブーム。初版本が翻訳されて、私たちにもその本来の姿が明らかにされつつある。「え、そうだったの」という驚きと、人間ドラマの不可思議さと奥深さは、読者の好奇心をかき立ててやまない。

例えば、意地悪い継母に殺されかけた悲劇の白雪姫。しかし、初版本のどこにも継母とは書かれていない。魔女に姿を変えるその女は、白雪姫の実の母親だった。何てひどい母親だろう。いや、ということは、最後に母に手を下すのは実の娘ということになるではないか。清く正しいお姫様の成功物語も、実は母娘の間で繰り広げられた凄惨な殺戮劇というわけだ。

これでは、読み手もめでたしめでたしとすんなり本を閉じるわけにはいかない。何故二人の間に、こんな異常な親子関係が生まれてしまったのか。一体父親は何をしていたのか。私たちはここから何を読みとればよいのだろう。読者は知らず知らずのうちに、裏に隠されているであろう真のストーリーを探し求める旅に誘い込まれる。グリム童話の懐は、思っていたより深いらしい。

 

本の名称:ベストセレクション初版グリム童話

著者名:訳者名 芳原高志・吉原素子

発行所:白水社

発行年:一九九八年一〇月三十一日

本コード:ISBN 四-五六〇-〇四六六〇-三

 

 

 


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