教育福島0218号(1999年(H11)4・5月号)-036/52page

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心に残る一冊の本

心に残る一冊の本


感性を育む

北塩原村立大塩小学校教諭

神田優子

神田優子

四、五年前、目の前の仕事のことで頭がいっぱいの私に、尊敬する友人が贈ってくれた本が、「センス・オブ・ワンダー」である。「センス・オブ・ワンダー」とは、美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目を見はる感性のことである。

作者のレイチェル・カーソンは、幼い甥のロジャーのためにこの本を書いたのであるが、読んでいるうちにまるで私自身もロジャーになったように引き込まれていくのを感じた。不思議な開放感と共に、自然の様々な情景が鮮やかに脳裏に広がっていったのである。そして、庭に出て足下の地面や草花に目を凝らしたり、木立の先に広がる空や遠くの山々を眺めたりして、周りにある様々なものの息吹にふれたい衝動に駆られた。この本は、「沈黙の春」で世界で最初に環境汚染を告発したカーソンが死の直前に著した最後のメッセージでもある。

カーソンは言う。「子供たちが出会う事実の一つ一つが、やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、様々な情緒や豊かな感受性は、この種子を育む肥沃な土壌です」と。「幼い子供時代は、この土壌を耕すときです」と。

子供の頃から自然界を探索し、人間を越えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性を育んでいくことの大切さが静かに伝わってくる。そして、こうした感性を育てることこそが一番の教育ではないかと強く思えてくる。

仕事を終えた夕暮れの校庭で見る東の空の大きな満月。学校からの帰り道、フロントガラス越しに見る西の山々に広がる夕焼け。買い物帰りの駐車場の騒音の中、かすかに聞こえる鳥たちのさえずり。ベランダの洗濯物を取り込むときに感じる春の風の匂い…。私自身の感性を曇らせないようにし、いつまでも子供たちと感動を分かち合える教師でありたい。

本の名称:センス・オブ・ワンダー
著者名:レイチェル・カーソン(上遠恵子訳)
発行所:新潮社
発行年:1996年7月25日
本コード:ISBN4-10-519702-9



山本局五郎

「さぶ」との出合い

岩瀬村立白方小学校教諭

渡邊和彦

渡邊和彦

私と山本周五郎作品とのつき合いは、かれこれ二十年近くなる。

私は中学・高校の多感な時期に、太宰治や坂口安吾といった無頼派といわれる作家の作品を好んで読み、デカダンの世界に一種の憧憬を抱いていた。だが、やがて、太宰のように、下降思考の道は凡人が生きていける道ではないことに気付かされ、「どう生きるか」という命題をつきつけられた。そんなとき、一冊の本と出合った。それが、山本周五郎の「さぶ」である。

自分のことを「くずでまぬけで能なし」だと思いこんでいるさぶと、才能に恵まれているがゆえに自己本位になり、孤独で、寂しさのあまり攻撃的になって様々な問題を引き起こす英二。この二人が互いに影響しあい、絆を深めながら成長していく姿が描かれている作品である。この作品で私が最も心打たれたのは、他人のために常に最善をつくすことが義務だと思っているさぶの姿である。

「敵意や憎悪」のとりことなった英二を立ち直らせるさぶの言動から、自分の行為に対して他者から何も期待をしないという無償の献身、代償を求めない献身的な行為こそが、人が生きていく上で最も価値ある行為であることが読み手にひしひしと伝わってくる。

この「さぶ」に出合って以後、私は山本周五郎に魅せられ、彼の作品を全て買いそろえ、読み耽った。彼の作品には、さぶのように名もなく貧しくとも、生きてきた証として、一回限りの人生を精一杯自分の考えにしたがって生きる人間が数多く登場してくる。その姿に私はいつも勇気づけられ、「どう生きるか」の示唆を受けている。

ある評論家が彼の作品を「現代の聖書」と評したが、私はこれからも、山本周五郎の作品を人生の指針として読み続けていきたい。

本の名称:さぶ
著者名:山本周五郎
発行所:新潮社
発行年:1981年12月25日
本コード:ISBN4-10-113410-3


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